第1話

文字数 1,867文字

 今日はことさら月が眩しい、そんな朝だった。
 朝に月が浮かんでいる、というのはたまに起こることだ。しかし、今日は不思議と一段とそう見える。
「木々音はさ、あの幽霊の話知ってる?」
 ここの指導者の指揮音は身振り手振りを交えながら、ベランダで月を眺めていた私に近づいてきた。
「知ってるよ、名前奪われるやつでしよ」
 指揮音は俯き、しばらく経ってからこう言った。
「そのね、あんまり言いたくないけどさ……。そこに行ってきてほしいんだ」
「え?」
「あのね、まぁ見つかったのよ」
「ふーん、他の12人に頼めばいいじゃん」
「いや、名前取られちゃった子のやつも取り返すつもりでさ?ね?」
「しょうがないな」

 暗い森に入る前の沼地ほど、ここで薄暗くて珍妙で奇妙な場所はない。スニーカーで歩かなければいけないのがなおさら嫌である。それを思いながら、なぜ私が幽霊森に入るのかを思い出して心の平穏を保つ。
 私達は、生まれながらに何かの力を持っている。それは母胎に入る天使の種類で決まる。それが100パーセント、外部の力や決定権はなく、ただの天使の気まぐれで全てが決まるらしい。
 その力にちなんだ名前を、私たちは授かるのだ。今、ここにはそういう子が私を含めて14人住んでいる。私に行くように押し付けた指揮音は音や声を操る力を持っている。他にも、友達の帆硬音って子は地面から槍を生み出す力があったりする。
 そして、私、木々音は木の声を聞く力がある。
 なんだ、それだけなんだ……と言われた気がするので言っておくが、それは言い慣れている。
 もっと、こうはっきりとした念力とかそういう力が欲しかったが、そんな事を言ったって文句にしかならないし。
 そう頭の中で考えていたら、足を滑らせてしまった。地面に膝を打ちつけて、そこが赤くなっている。
「大丈夫?」
 と、横から伸びてくるツタから声が聞こえる。
「怪我はないの?」「痛いところはない?私は治せるかもよ?」「ねぇ、あの子転んだ〜!」
 と、周りから聞こえてくる植物の声にはもう慣れているのである……。
 私は、木の声を通り越して植物の声まで聞こえるようになっているのだ。最も、これを誰にも言う気はないが。

「ここが幽霊の城か」
 でっかい門の前で独り言を口に出すと「正解だよ〜」「名前を奪われたいやつはここに〜」と、木々が合唱団のように歌い始めたので、ため息を付きながら適当に選んだ木に話しかけた。
「ねぇ、どうやって開ければいいの?」
「あー、それはねー、門の左から5番目の手すりの下らへんにおいてあるよー」
「うん、ありがと」
 その言葉を頼りに、手すりを数えていって、左から五番目のところに本当に鍵は有った。
「そういえば、どうしてこんなところにいるんだい?」
 足元の草に喋りかけられた
「ああ、それはね。忘れ物を返すため、だよ」
「忘れ物?ま、まさか?」
「そう、あ、うるさいと思うけど気にしないでね」
 そう言い残して、城の中に入っていった。


「ねぇ、変な幽霊さん。出てきてよ」
 城の中に入ったホール部分、私は大声で言った。
「あー、久しぶりのお客さんだ!」
 そう言って、上から幽霊が降ってきた。
「ねぇ、君の名前はなんて言うの?」
「なにー?煽ってんの?私は名前がないから名前を取ってるんだよ。その名前をどうしているか、君が見たら震え上がっちゃうかもしれません!」
 そう仰々しく言って、幽霊さんは私に陶器を見せてきた、それは灰色で、お腹のあたりが黒いやつ。
「これはね、ペンギンって鳥の置物だよ。この中に取った名前を入れてずっとここでかわいがってるんだ」
「ふーん、かわいい趣味ね」
「か、かわいい!?この趣味が!?名前を取ったら能力を奪うことになるんだぞ!思い知らせてやる〜!」
「わかった、わかったから」
 と言って、私は一歩だけ後ろに下がった。
「え」
 と幽霊が言った、その後には上から柱のように太い槍が降ってきていた。
「帆硬音ちゃん、ありがとね」
「おう」
 実は後ろからこっそり着けてもらってた、帆硬音ちゃん。
「で、こいつは何なんだ?一体」
「この子はね、ここで生まれたけど能力を取っちゃう能力だから、名前がつけられなくて。ずっと押し込まれていた子」
「へー、でこの子どうするんだ?」
「指揮音ちゃんから名前が決まったって言われたから、私達のところに来るつもり」
 この子の寝顔は寂しそうだけど、きっと楽しくなると思って、私はこうつぶやいた。
「よろしくね、取名音ちゃん」

「まぁ、雑用だよな……残業みたいなもんか?」
「その言い方やめて」
 近くにあった木が笑いだしていた。
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