SSS

文字数 1,015文字


 足音が近づいて来るのが聞こえて、あわてて吸っていた煙草を地面に落とし、足で踏み潰した。角から顔をのぞかせた先輩のゲンさんは「お、いたいた」と寄ってきて、近くまで来ると顔をしかめる。
「煙草くせえぞ。またサボってたな」
「すいません」
「おめえは前にも主任に注意受けてただろ。気をつけねえとクビ切られちまうぞ。冗談じゃなくよ。ここはそういうトコだからな」
 うつむいたまま黙っていると、ゲンさんが不審そうな顔をして俺を見てくる。俺は下を見たまま言った。
「ゲンさんはなんでここで働いてるんすか?」
「なんだよ急に」
「だって毎日毎日、同じ事の繰り返しっすよ。空しさとか感じません? コンベアに乗せられてきたやつを振り分けてるだけ。マジで何になるんすかね、こんなの」
 吐き出すように言い切ると、黙ったままのゲンさんに「すいません」と謝った。
「おめえみたいに日が浅いやつはそう思うだろうな」
 意外にもゲンさんの声は怒っているでもなく、穏やかな口調だった。
「みんながみんな、仕事に大した理由なんか持ってねえよ。最初っからここに来るために産まれてきたなんて奴はいねえだろうよ」
「じゃ、ゲンさんはなんでここで働いてるんすか?」
「そりゃメシのためだろ! ……他になんかあるか?」
 指で挟む仕草をするゲンさんに、俺は煙草を一本渡した。ライターで火をつけると、ゲンさんはうまそうに煙草をふかした。
「こうやって一服やるために働いてんだよ」
「そうですよね」
 俺も自分の煙草に火をつけて、一本吸った。吸い終わると「そろそろ戻るか」とゲンさんが言う。
「戻る気あるか? ん?」
「ありますって。あ、後でさっきの煙草返してくださいね」
「てめえは現金なやつだよ」



 ゴウンゴウンという機械のうなり声の中ゴム手袋をした手を伸ばすとゲンさんに止められた。
「おい、そっちは『人間』行きだろう。間違えるなよ」
「あ、そうでした」
 ベルトコンベアに流れてくる、ぐちゃぐちゃのよくわからない塊。青いトレーに入ったそれを印に従って振り分けする。振り分けられた塊たちは右から虫、魚、人間、その他動物、とプレートの表記に従って、暖簾の向こうに消えていく。
 塊に張るための『ムカデ』と書かれたシールを剥がしながら、俺はゲンさんに尋ねた。
「ゲンさんは、この先が何か知ってます?」
「さあなあ。それも俺たちにとってはどうでもいいことだろうさ」
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