第1話

文字数 2,043文字

この時間いつもなら私はもう家に着いてお風呂に入ってる頃だろうか。今私は電車に乗っている。窓の外は誰一人いない田園風景が広がっている。電車の揺れって心地よくていつまででも乗っていたって私は大丈夫そうだ。何の変哲もない電車、だが圧倒的にほかの電車と違うところがある。行き先が決まっていない所だ。行先なんてついてみないと分からない。なんでもこの電車はなりたい自分になれるとうわさの電車。そんなの噂だと馬鹿にしていたが、今私は乗っているんだから信じるしかない。みんなに教えてやろうと思ったが、そんなことを話す友達なんて私にいなかった。なりたいものなんて決まってない私の元に現れた電車に、吸い込まれるように乗ってしまった私。最初はちらほらと人がいたけど今は私一人になってしまった。みんな途中で止まるところで降りてしまった。どこかに止まるごとに1人、また1人と降りていった。私?私は降りる気にならなかったから降りてない。私の駅はいつになったらつくんだろう。みんなまるで勝手に体が動いているか、前からずっと知っていた駅かのように駅の外に出ていくのだ。そろそろ家に帰って受験勉強しないといけないのに。塾の宿題もやってないし。目にかかる前髪をいじりながら窓の外に目をやる。あいかわらずありきたりな田園風景が続いているだけだ。『はぁ……』

ガタンっーー!

電車が止まった。
自分の体が勝手に動く。頭に信号が送られてくるようにこれは私の駅だ。そう思った。電車のステップに気をつけながら恐る恐る駅に降りた。何も無いように見えたが、ただ1つ鏡?みたいなものがある。とりあえず覗いてみる以外にすることがないのでまた私は恐る恐る覗いて見た。すると女の子?わたし?楽しそうに笑う私がいる。わたしは私の志望校の制服を着て友達らしき人が達と話している。紛れもなくそこにいるのは私だ。目の隣に並ぶ3つのほくろと腫れぼったい奥二重のまぶたが証明している。コンプレックスだ。でもそれは私ではなかった。私はこんなに楽しそうに笑えないし、笑いながら話せる友達だっていない。志望校に受かるかだって今の私では危ういのに。わたしが楽しそうにしていることが私は信じられなかった。私だってなりたくてこんな自分になったんじゃない。私が羨ましい。……自然と手を伸ばしていた。鏡のようなものの中に手がすっと入っていく。その時、わたしと目が合った。一瞬びっくりしたような私はゆっくり口を大きく動かして口をぱくぱくさせた。
『が』、『ん』、『ば』、『れ』。
そう言っているように見えたと思ったらにっこりと笑った。
慌てて手を引っこめる。帰ろう。私も頑張らないと。わたしが頑張ったように。手を伸ばせばきっとわたしと私の世界は変わるんじゃないかと直感で思った。だけど、わたしが生きる世界は私のものじゃないのだ。私はわたしに笑ってみせると鏡に背を受けて電車に走った。ステップを飛び越えて電車に乗り込む。するとまるで私を待ってくれていたかのように警報音がなりドアが閉まった。帰ったら勉強して塾の宿題やろう。長くなった前髪も切ってみようか。いつも自分で切っていたが美容院に行って切ってもらおう。何だか楽しくなってきた。息を整えて席に座るとどっと眠気が押し寄せてきた。心地いいまどろみが私を迎え入れる。
きっとまだつかないから眠っていよう。……

つんつん。
隣の人から突っつかれて目が覚めた。終点だ!今から電車乗り直したら学校に間に合うだろうか。親切な人に会釈をして走る。今ならあの乗り換えに間に合う。高校生になって気が抜けて友達と夜遅くまで連絡したりなんだのして電車で寝てしまうことが多くなった。電車の揺れって眠くなるから仕方ないと思う。
またあの時の夢を見た。電車で寝た時はあの日の夢を見ることが多い。あの日も隣の人に起こされて起きたから、今となってはあれが夢だったのか現実の事だったのかは分からないけど、あの電車での出来事から私は変わった。よく笑うようになったら友達が出来たし、志望校にも受かって、今では前髪が命になった。どんなに時間が押していても前髪だけは守る。今日だってギリギリだったけどしっかりアイロンで巻いてきた。根元はしっかり固めてきた。学校にギリギリで着いた私は友達に囲まれる。楽しい一日の始まりだ。私の友達はギャグ線が高い。すぐに笑ってしまう。ふと誰かの視線を感じる。誰もいない窓があるだけだ。反射て私の顔が写ってる。……ように見えたけど随分不細工な顔でこっちを見てる。しかも前髪がぐっちゃぐちゃ私じゃない。あの時の夢を思い出す。わたし?だったら私が伝えないといけないことがある。
口をぱくぱくさせた。私はびっくりしたような顔をした後、にっと歯をみせてわたしは見えなくなった。1人で窓を見て笑う私を見て友達は『何してんのよ。』と苦笑いしていた。
『楽しくって!!』
鏡じゃなくて窓だったみたいだ。どおりであの時はっきり見えなかったわけだ。
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