第1話 ねむれない日にネツキツネ
文字数 2,309文字
夜中に目が覚めてしまったヒマリは、こそっと隣のお父さんのすがたをうかがいました。お父さんはぐっすりと眠っています。お母さんは仕事で朝まで帰りません。
豆電球の橙色の光にぼうっと照らされているお父さんの顔は、起きている時のちょっとひょうきんなようすとは違って見えます。まるで、人形のようでちょっと不気味ささえ感じます。
(もし、このままお父さんが起きなかったらどうしよう……。)
ふと、ヒマリの頭の中を、怖い想像がよぎりました。その考えを振り払うように首を振ります。
(そんな、ばかみたいなことないよ。早く、寝ちゃおう。朝になれば怖くない。)
けれど、早く寝ようと思うほど目はぱっちりと覚めてしまいます。ヒマリはぼんやりと豆電球を見つめました。
(どうしよう、寝られなかったらどうしよう。ずっと朝にならなかったらどうしよう。お母さんも帰ってこなかったらどうしよう。)
頭の中を不安がぐるぐる回ります。豆電球の光も、その不安につられるようにぐるぐる、ぐるぐる回り始めました。
(うーん、うーん……。)
ぐるぐるぐる、しゅるしゅる……。豆電球の光は、橙色の渦巻きになったかと思うと、ヒマリの布団の上にゆらりと降り立ちました。
「えっ」
ヒマリは思わず、小さく声をあげてしまいました。橙色のキツネが目の前に現れたのです。
「寝つきのよくない人、お助けするよ」
橙色のキツネは細い目で笑いました。
「キツネ?」
ヒマリがそうつぶやくと、キツネは、
「そうだよ。ボクは寝つきがよくない人の味方、ネツキツネさ」
と答えました。ネツキツネはお父さんの枕元にちょこんと座りました。
「こっちの人はボクが助けなくてもよーく寝ついてるね」
ネツキツネはふわふわした光るしっぽで、お父さんの顔をくすぐるように撫でました。お父さんは寝返りをうって、ヒマリの方を向きました。
「ううーん、むにゃむにゃ……ヒマリー、がんばれー」
お父さんはそう寝言を言って、笑顔になりました。寝ていても、いつものお父さんです。
「どうやら、ヒマリちゃんが出てくるいい夢を見始めたみたいだから、もっと寝ついたよ」
ネツキツネは得意げに言いました。ヒマリは、さっきまでの怖い気持ちがなくなってきてほっとしました。でも、新しく心配になることがありました。
「いい夢を見過ぎて、朝起きれなくなっちゃうってことはないの?」
「いいや、いい寝つきをした人はちゃんと朝起きるさ。ちゃんと起きない人がいたら、それはボクじゃなくてネイリタヌキのしわざさ」
ネツキツネは目をつり上げました。
「ネイリタヌキ?」
ヒマリがたずねると、
「ネイリタヌキは、起きなきゃいけないのに起きたくない人の所へ行って、寝たフリをさせるタヌキさ。寝たいのに眠れない人の所へ行く優しいネツキツネとは違う、イヤなヤツさ」
と、教えてくれました。
そういえば、お父さんは朝、なかなか起きないことがあります。そんな時は、
「まったく、起こしてくれる人がいるからって安心しちゃって」
と、お母さんが怒って起こしたり、ヒマリがお父さんの上に乗りかかって起こしたりしたこともありました。お父さんは、
「ぐふっ……、あともうちょっとだけ……」
と言いながら、布団を被り直して寝たフリをしました。
その話をすると、ネツキツネは、
「間違いない。それは、ネイリタヌキが来てたんだ」
と言いました。
「ネイリタヌキは、子どもよりも大人のところによく行くんだ。大人の方が、寝てごまかしたいことが多いからね」
ネツキツネは説明しながらうんうん、と自分でうなずきました。
「ふーん。でも、ネツキツネやネイリタヌキがいるなんて、わたし聞いたことなかったなぁ」
「それはね、ボクらネムリ動物が来ても、起きた時には夢になって忘れちゃうから、覚えてない人が多いんだ。毎晩、いろんな人のところへ行ってるんだよ」
ネツキツネはしっぽを左右にゆらゆら振りました。
「じゃあ、お母さんのところへも誰かが来ることがあるの?」
ヒマリのお母さんはしっかり者ですが、最近、よく欠伸をしたり、なんだか眠そうにしていることが多いです。
「お母さん、目の下にくまが出そうって言ってた」
「クマ!」
ネツキツネがぴょーんと飛び上がりました。
「ヒマリちゃんのお母さんのところに来ていそうなのはネブソクマだ。ネブソクマが来ると危険だよ」
ネツキツネはがたがた震えながら言いました。
「ネブソクマが来ると、頭がぼうっとして失敗が多くなったり、体調が良くなくなったりする!」
「ええっ、どうしよう」
ヒマリはお母さんが心配になってきました。
「大丈夫、ボクがお母さんも寝つかせてあげる」
ネツキツネはヒマリの布団を飛び越えて、お母さんの布団に降り立ちました。ネツキツネがお母さんの布団の上を走り回ると、布団はふんわりと柔らかそうに膨らみました。
「これで、おひさまをあびたのと同じくらい、気持ちいい布団になったよ。あとは、ヒマリちゃんが明日から、お母さんがしっかり眠る時間をとれるように気をつけてあげれば大丈夫」
「うん!」
ヒマリは力強くうなずきました。ネツキツネはにっこり笑いました。
「じゃあ、ヒマリちゃんもちゃんと眠ろうね」
ネツキツネはヒマリの布団を直すと、目の前でしっぽをゆらゆら揺らし始めました。橙色のしっぽは、穏やかな光を放っていて、ヒマリは安心して目を閉じました。
「ねんねんこんこん、ねんこんこん。お眠りお休みヒマリちゃん」
耳元でネツキツネが子守唄を歌います。優しい声です。だんだん歌い声が遠くなっていき……、ヒマリは静かに眠りにつきました。
「ふふ、おやすみ。いい夢を」
ネツキツネはしっぽでヒマリの頭をなでました。
豆電球の橙色の光にぼうっと照らされているお父さんの顔は、起きている時のちょっとひょうきんなようすとは違って見えます。まるで、人形のようでちょっと不気味ささえ感じます。
(もし、このままお父さんが起きなかったらどうしよう……。)
ふと、ヒマリの頭の中を、怖い想像がよぎりました。その考えを振り払うように首を振ります。
(そんな、ばかみたいなことないよ。早く、寝ちゃおう。朝になれば怖くない。)
けれど、早く寝ようと思うほど目はぱっちりと覚めてしまいます。ヒマリはぼんやりと豆電球を見つめました。
(どうしよう、寝られなかったらどうしよう。ずっと朝にならなかったらどうしよう。お母さんも帰ってこなかったらどうしよう。)
頭の中を不安がぐるぐる回ります。豆電球の光も、その不安につられるようにぐるぐる、ぐるぐる回り始めました。
(うーん、うーん……。)
ぐるぐるぐる、しゅるしゅる……。豆電球の光は、橙色の渦巻きになったかと思うと、ヒマリの布団の上にゆらりと降り立ちました。
「えっ」
ヒマリは思わず、小さく声をあげてしまいました。橙色のキツネが目の前に現れたのです。
「寝つきのよくない人、お助けするよ」
橙色のキツネは細い目で笑いました。
「キツネ?」
ヒマリがそうつぶやくと、キツネは、
「そうだよ。ボクは寝つきがよくない人の味方、ネツキツネさ」
と答えました。ネツキツネはお父さんの枕元にちょこんと座りました。
「こっちの人はボクが助けなくてもよーく寝ついてるね」
ネツキツネはふわふわした光るしっぽで、お父さんの顔をくすぐるように撫でました。お父さんは寝返りをうって、ヒマリの方を向きました。
「ううーん、むにゃむにゃ……ヒマリー、がんばれー」
お父さんはそう寝言を言って、笑顔になりました。寝ていても、いつものお父さんです。
「どうやら、ヒマリちゃんが出てくるいい夢を見始めたみたいだから、もっと寝ついたよ」
ネツキツネは得意げに言いました。ヒマリは、さっきまでの怖い気持ちがなくなってきてほっとしました。でも、新しく心配になることがありました。
「いい夢を見過ぎて、朝起きれなくなっちゃうってことはないの?」
「いいや、いい寝つきをした人はちゃんと朝起きるさ。ちゃんと起きない人がいたら、それはボクじゃなくてネイリタヌキのしわざさ」
ネツキツネは目をつり上げました。
「ネイリタヌキ?」
ヒマリがたずねると、
「ネイリタヌキは、起きなきゃいけないのに起きたくない人の所へ行って、寝たフリをさせるタヌキさ。寝たいのに眠れない人の所へ行く優しいネツキツネとは違う、イヤなヤツさ」
と、教えてくれました。
そういえば、お父さんは朝、なかなか起きないことがあります。そんな時は、
「まったく、起こしてくれる人がいるからって安心しちゃって」
と、お母さんが怒って起こしたり、ヒマリがお父さんの上に乗りかかって起こしたりしたこともありました。お父さんは、
「ぐふっ……、あともうちょっとだけ……」
と言いながら、布団を被り直して寝たフリをしました。
その話をすると、ネツキツネは、
「間違いない。それは、ネイリタヌキが来てたんだ」
と言いました。
「ネイリタヌキは、子どもよりも大人のところによく行くんだ。大人の方が、寝てごまかしたいことが多いからね」
ネツキツネは説明しながらうんうん、と自分でうなずきました。
「ふーん。でも、ネツキツネやネイリタヌキがいるなんて、わたし聞いたことなかったなぁ」
「それはね、ボクらネムリ動物が来ても、起きた時には夢になって忘れちゃうから、覚えてない人が多いんだ。毎晩、いろんな人のところへ行ってるんだよ」
ネツキツネはしっぽを左右にゆらゆら振りました。
「じゃあ、お母さんのところへも誰かが来ることがあるの?」
ヒマリのお母さんはしっかり者ですが、最近、よく欠伸をしたり、なんだか眠そうにしていることが多いです。
「お母さん、目の下にくまが出そうって言ってた」
「クマ!」
ネツキツネがぴょーんと飛び上がりました。
「ヒマリちゃんのお母さんのところに来ていそうなのはネブソクマだ。ネブソクマが来ると危険だよ」
ネツキツネはがたがた震えながら言いました。
「ネブソクマが来ると、頭がぼうっとして失敗が多くなったり、体調が良くなくなったりする!」
「ええっ、どうしよう」
ヒマリはお母さんが心配になってきました。
「大丈夫、ボクがお母さんも寝つかせてあげる」
ネツキツネはヒマリの布団を飛び越えて、お母さんの布団に降り立ちました。ネツキツネがお母さんの布団の上を走り回ると、布団はふんわりと柔らかそうに膨らみました。
「これで、おひさまをあびたのと同じくらい、気持ちいい布団になったよ。あとは、ヒマリちゃんが明日から、お母さんがしっかり眠る時間をとれるように気をつけてあげれば大丈夫」
「うん!」
ヒマリは力強くうなずきました。ネツキツネはにっこり笑いました。
「じゃあ、ヒマリちゃんもちゃんと眠ろうね」
ネツキツネはヒマリの布団を直すと、目の前でしっぽをゆらゆら揺らし始めました。橙色のしっぽは、穏やかな光を放っていて、ヒマリは安心して目を閉じました。
「ねんねんこんこん、ねんこんこん。お眠りお休みヒマリちゃん」
耳元でネツキツネが子守唄を歌います。優しい声です。だんだん歌い声が遠くなっていき……、ヒマリは静かに眠りにつきました。
「ふふ、おやすみ。いい夢を」
ネツキツネはしっぽでヒマリの頭をなでました。