第1話

文字数 1,990文字

 雨上がりの水溜まりに映った自分の顔を見るたび、アルトは溜息を吐かざるをえない。自分は美しい。美しすぎる。白銀の鬣と金色の角。ブルーサファイアの瞳は優しさと憂いを帯びている。千の夢を彷徨っても、自分より美しいユニコーンを見つけることはできないだろう。そんな自分がどうして、毎日ちまちまと干し草を食べているのか。
「早く人間になりたい…」
「まーた言ってる」
 アルトの独り言を、隣にいるジェイが鼻で笑う。同期で成績トップのジェイはライバルだが、アルトとは妙にウマが合い親友でもある。
「いつになったら終わるのさ、この不景気は」
「さあな」
「こんな時代になっちまうなんて! 」
 アルトは前足で干し草を蹴散らしたが、カサカサと乾いた音が響いただけだった。大体どうして毎日の食事が干し草なんだ。まだマシュマロの方が良かった。麗しのユニコーンなんだからもっと夢のあるもの食わせてくれよ神様。
 神様。神様は森羅万象の創造主であるより以前に、アルトとジェイの雇い主である。従業員であるユニコーンに夢の収集という仕事をさせていた。
 ユニコーンは毎日、眠っている人間の夢の中へ行き、夢の映像を頭部の角でこっそり記録する。この際、夢は幸福なものではないといけない。悪夢だったり支離滅裂だったり、平凡な日常が続いたような夢では角が作動しない。この線引きが結構厄介で、アルトは昔、大好きなアイドルとデートする夢は記録できたのに、大好きなボクサーにパンチされて青痣ができる夢だと角が作動しなくてとてもびっくりした。
 集めた夢を神様に提出すると、神様はそれを糧に太陽や星を司る・・・らしい。ユニコーンにとって夢の行方は大した問題ではない。重要なのは報酬だった。
 十年以内に千の幸福な夢を集めると、報酬として人間にしてもらえる。みんな人間になりたいが為に、馬車馬の如く働いていた。単純計算で年間百の夢を集めればいいのだが、毎日幸福な夢に出会えるとは限らない。数多の人間の夢を彷徨い、角に全神経を注いで記録を試みる。運良く連日収集できる時もあれば、何ヶ月も幸福な夢に巡り会えない時もあった。
 ちなみに十年以内に達成できないとクビになる。クビになると馬刺しになるとか、競馬場で働かされるとか、綿を詰められてぬいぐるみにされるとか物騒な噂がまことしやかに囁かれていた。とんだブラック企業だ。
 アルトもジェイも入社五年目。集めた夢は五百を超えて折り返し地点だった。このまま順調にいけば人間になれる。が、ここにきて未曾有の大不況が起きた。
 一体何が起きているのか。近頃はとにかく夢見が悪い人間が多く、幸福な夢に全く出会えない。ユニコーンでさえも辛くなるような苦しい夢ばかりだ。
 神様に提出できる夢が集められず、不景気となり、与えられる餌もマシュマロから草になった。モチベーションと体力は下がり、夢へ出向くのが億劫になってくる。負のスパイラルだ。
 入社してから切磋琢磨していたアルトとジェイも最近は疲れきっていた。俺達もう人間になれないかもしれないな。いや期間延長とか考慮されるはず。俺馬刺しは嫌だな。おい諦めんなよ。
「そもそも夢を回収するなんて地味な仕事じゃ、俺の美しさは発揮されないのよ」
 アルトは今日何度目かの溜息をついてへなへなと座り込んだ。腹は減ったが、味のしない草を食べる気はしない。
「じゃあ、起業するか? 」
「起業? 」
「ああ」
 ジェイはにやりと笑うと、意気揚々と語り出した。
「俺達は今まで、闇雲に夢へ行っては角が記録してくれるのを待つ。駄目だったら次の夢へ行く。これの繰り返しだった」
「そうね」
「つまり受け身だった。これからは攻めの姿勢でいかなきゃいけない」
「と言うと? 」
「俺達は人間からしたら幻の生物ユニコーンだぞ。夢でユニコーンを見たら、どんな悪夢も幸福な夢に早変わりすると思わないか? 」
「確かに! 」
 アルトの美しい瞳は興奮してきらきらと輝きだした。
「俺の美貌を生かして、夢に登場すればいいんだな」
「そうさ。俺達が幸福な夢を見せてやるんだ! 」
 二頭はハイタッチするかのように角をぶつけ合わせると、角の先から星が散った。
「よし。今日は休んで、明日から計画を立てるぞ」
「おう! 」
 小屋に行き、雲のベッドに横になる。目を瞑ったジェイが「お前人間になったら何になりたいんだ? 」と尋ねた。
「そりゃ歌って踊って演技もできるアイドル俳優よ。ジェイは? 」
「俺は大企業の社長だな。広告代理店とか」
「じゃあ俺、ジェイの会社のCM出てやるよ」
「サンキュー」
 アルトはめでたく人間になれた未来を考えた。世界中の人を虜にするアイドル俳優と大金持ちのCEO。ユニコーンが迷い込んで来そうなくらい、夢のある華やかなパーティーを2人で開くんだ。

「なあジェイ、今日はいい夢見れそうだな」
「ああ。記録されて神様にバレなきゃいいけど」



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