第1話 悪神コラキア
文字数 1,086文字
十六世紀ヨーロッパ思想界に君臨した高名な神学者、デジデリウス・エラスムス・ロッテルダムス。
彼の代表作、『痴愚神礼賛』では、愚かさを司る女神の視点から、腐敗した教会や権力者の実態が痛烈に皮肉られている。
と、今日の哲学倫理学の授業で習った。
といっても、ここは倫理学専攻の学生が一人と、音楽学専攻の俺の二人しか学生はいない。この大学の中でも相当ニッチな講義だ。
はじめは、聖歌を研究するにあたって、キリスト教史を知る必要があったので受講した。が、まさかこんなに人気の無い授業だとは思わなかった。
というか、もう一人の奴はだいたい寝てるし、ほぼ俺一人で受けているようなものだ。
講義が終わり、帰途に着くと、『あいつ』が話しかけてきた。
「操きゅん、今日もお疲れ。さぁ、今日はどんな命令をしてくれるのかな? なんでも従っちゃうよ?」
ケモ耳少女が話かけてくる。こいつの名はコラキア。俺こと天堂操に、一か月前から憑りついている悪魔だ。
「いや、なんかお前に頼ると自活できなくなりそうだからいい」
「そんなこと言わずにさぁ。わたしが家事するから、操きゅんは何もしなくていいよ? バイトもしなくていい。大学の講義も私が代わりに受けてきてあげる」
まるで聖アントニウスを誘惑するサタンのようだな。
俺は無宗教だし、強い信仰心をもっているわけではないが、自分の意思は強く持っている。
「嫌だ。俺は自律的自由を常に保持していたい。お前の誘いに乗って堕落するわけにはいかない」
「ちぇっ、強情ですね。もっと私に依存してくれてもいいのに」
「じゃあ依存してくれそうな男のところに行けばいいだろ」
「操きゅんがいいんですう!」
俺はコラキアを無視し帰り道の本屋で、今日の講義で紹介された『痴愚神礼賛』を手に取る。
ぱらぱらとめくり、まともな日本語訳かだけ確認する。すると、見覚えのある単語が目に入った。
「ん? 追従と書いてコラキア?」
追従という単語の横にコラキアとルビが振ってあった。さらに、
「痴愚神モリアーの眷属? そうなのか、お前?」
俺が小声で問い詰めると、コラキアは白状した。
「バレてしまっては仕方ありません。いかにも、私があらゆる痴愚を司るモリアー様の眷属にして、追従を司る神! コラキアです」
「今すぐ失せろ」
俺は足早に本屋を立ち去る。家まで全力ダッシュで帰ったが、コラキアを振り切れなかった。
「ハァ、ハァ……撒けたか?」
「無駄ですよ、操きゅん。私はこれでも神ですから」
コラキアがぬっと姿を現した。どうやら逃げられないらしい。
観念してアパートのドアを開けると、見知らぬ女が座り込んでいた。
彼の代表作、『痴愚神礼賛』では、愚かさを司る女神の視点から、腐敗した教会や権力者の実態が痛烈に皮肉られている。
と、今日の哲学倫理学の授業で習った。
といっても、ここは倫理学専攻の学生が一人と、音楽学専攻の俺の二人しか学生はいない。この大学の中でも相当ニッチな講義だ。
はじめは、聖歌を研究するにあたって、キリスト教史を知る必要があったので受講した。が、まさかこんなに人気の無い授業だとは思わなかった。
というか、もう一人の奴はだいたい寝てるし、ほぼ俺一人で受けているようなものだ。
講義が終わり、帰途に着くと、『あいつ』が話しかけてきた。
「操きゅん、今日もお疲れ。さぁ、今日はどんな命令をしてくれるのかな? なんでも従っちゃうよ?」
ケモ耳少女が話かけてくる。こいつの名はコラキア。俺こと天堂操に、一か月前から憑りついている悪魔だ。
「いや、なんかお前に頼ると自活できなくなりそうだからいい」
「そんなこと言わずにさぁ。わたしが家事するから、操きゅんは何もしなくていいよ? バイトもしなくていい。大学の講義も私が代わりに受けてきてあげる」
まるで聖アントニウスを誘惑するサタンのようだな。
俺は無宗教だし、強い信仰心をもっているわけではないが、自分の意思は強く持っている。
「嫌だ。俺は自律的自由を常に保持していたい。お前の誘いに乗って堕落するわけにはいかない」
「ちぇっ、強情ですね。もっと私に依存してくれてもいいのに」
「じゃあ依存してくれそうな男のところに行けばいいだろ」
「操きゅんがいいんですう!」
俺はコラキアを無視し帰り道の本屋で、今日の講義で紹介された『痴愚神礼賛』を手に取る。
ぱらぱらとめくり、まともな日本語訳かだけ確認する。すると、見覚えのある単語が目に入った。
「ん? 追従と書いてコラキア?」
追従という単語の横にコラキアとルビが振ってあった。さらに、
「痴愚神モリアーの眷属? そうなのか、お前?」
俺が小声で問い詰めると、コラキアは白状した。
「バレてしまっては仕方ありません。いかにも、私があらゆる痴愚を司るモリアー様の眷属にして、追従を司る神! コラキアです」
「今すぐ失せろ」
俺は足早に本屋を立ち去る。家まで全力ダッシュで帰ったが、コラキアを振り切れなかった。
「ハァ、ハァ……撒けたか?」
「無駄ですよ、操きゅん。私はこれでも神ですから」
コラキアがぬっと姿を現した。どうやら逃げられないらしい。
観念してアパートのドアを開けると、見知らぬ女が座り込んでいた。