第1話 足枷

文字数 1,502文字

 囚人としてここへ連れてこられて、どれだけの月日が経っただろうか? もはや右足にはめられた鉄球つきの足枷は体の一部になってしまっている。

 軍事クーデターによって王政が転覆。独裁者の支配化に置かれた我が国は地獄の様相を呈している。反抗的な一般市民が処刑されることは珍しくはないし、私のように疑いをかけられただけで監獄送りとなる者も増加の一途を辿っている。逃げられないように足枷をはめられ、一日中鉱石採掘の肉体労働を強制される日々。狭い牢獄に集団で押し込まれ、睡眠時間などあってないようもの。劣悪な環境の中で限界を迎え、命を落としていく者も後を絶たない。いっそのこと、もっと重い罪状で処刑されていた方がマシだったのではないか? 生き地獄の中で、そう自問自答する日々だ。

 町一番の健脚の異名に誇りを持っていた。伝書の仕事に精を出していた日々がもう何十年も昔のように感じられる。今になって思えば、時に機密文書を運ぶこともあった私のこの仕事が容疑の発端となったのだろう。

 子供の頃から走ることが大好きだった。風を切り、風と一体となる、当たり前のように存在していたその感覚を、もはや思い出すことは難しい。今感じられるのはこのままここで朽ち果てていく絶望感と閉塞感。亡者のように右足に追い縋る足枷の重みだけだ。私はもう一生、自然の中を駆け抜けることは出来ないのだろう。天井はあまりにも低く、右足はあまりにも重い。

 ※※※

「な、何だ貴様らは……」
「……と、止まれ」

 転機はある日突然訪れた。普段は高圧的で嗜虐的な看守たちの、恐怖に怯えるような慌ただしさで私は目を覚ました。他の囚人たちも異変を察して、檻越しに外の様子を伺っている。途端に看守たちが静かになったかと思うと、看守とは異なる、剣で武装した屈強な男達が牢獄の前へと姿を現した。

「この監獄は我々レジスタンスが掌握した。謂れなき罪で投獄された皆さんを解放するために我々はやってきました」

 リーダー格の男の言葉に歓声が沸く。涙を流して泣き崩れている者もいる。かくいう私は実感がまだ追いついておらず。壁に背を預けたまま、まるで遠い国の出来事のように、歓喜する者達の背中を見つめるだけだった。

「圧政はもうすぐ終わります」

 外界から隔絶されていた私達に、レジスタンスは国の現状を教えてくれた。ゲリラ的に反抗を続けていたレジスタンスに、クーデターを生き延びていた第二王子と王政派の軍人たちが合流。友好国の協力も得ることにも成功し、現政権に対する反撃の狼煙が各地で上がっているのだという。謂れなき罪で投獄されていた我々も、その活動の中で救出されたようだ。

「あなたで最後ですね」

 レジスタンスの青年が、足枷の鍵を持って私の元へとやってきた。鍵穴に差し込まれた鍵が回ると、すでに体の一部になりかけていた金属の感触と鉄球の重みは、呆気なく私の足から離れた。

 私の体はこんなにも軽快だったのか? 立ち上がった瞬間、まるで自分の体が自分のものではないかのように錯覚した。否、足枷をはめられていた事の方がおかしいのだ。私はこれから徐々に本来の私の体の感覚を取り戻していくのだろう。
 足枷から解放された時、ようやく地獄から解放されるのだという実感が湧いた。胸の中に熱いものが込み上げてくる。涙なんて、とっくの昔に枯れ果てたと思っていたのに。

「外はどんな天気ですか?」
「気持ちの良い晴天ですよ。あなた達の自由を祝福しているかのようだ」
「それは最高ですね」

 自然と笑みがこぼれた。
 自由を得たこの体で、今は無性に駆けだしたくて仕方がない。
 晴天の下で風を切る感覚は、さぞ気持ちが良いだろう。


 
 了
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