第1話 ライン。

文字数 1,862文字

「今、この時代の、この土地で生まれ変わりを信じる人が何人いると思う?」
 地元じゃ顔を張っているファミレスで、本日のおすすめメニューにナイフを通して先輩は言った。
 バーチャル配信者、近年流行りだした界隈で、この地日本を中心に盛り上がり金を生む職業の大先輩。

「神様を信じている人すら少なそうですけど…転生ですか?アニメの話ならともかく、現実の会話で使ったらヤバい奴ですよ。」
 両ソファーの家族席で、頼んだアイスティーを喉に流し込む。
 勿論味などしてはいない、オフでは初対面の登録者百万人を超える大先輩の呼び出しだ。

 わかるのは冷たい喉越しと、自分が冷や汗をかいていることだけ…、それと噂通りにこのパイセンはヤバそうだって事のみ。
 場の空気はヒエヒエだ。

「でもね、この界隈では普通に使うの「転生」も「前世」も「魂」も。」
「それは…そうですけど、みんな深い意味で言ってるわけじゃ、ないですよ。」
 パイセンの言っていることは分かる。
 私達バーチャル配信者は、キャラになることを「転生」と呼び、絵の皮をかぶる前の生を「前世」と切り分け、中身の事を指し「魂」と忌避される。
 
 よく言われるのだ「魂の話はやめてくれ!」と。
 転生した「先」こそが求められる私だ。
 
 その気持ちは当然分かる。かといって完全に切り離すことも不可能だ。
 私は日本語しかしゃべれないし、社会人経験もバイト程度、政治や会社なメンドクサソウな大人の会話はできないし、したくもない。
 だって本当に転生したわけじゃないのだから。
 
 たまに漏れるぐらいが丁度いいのだ。
 被った皮から魂がチラリと見え隠れするぐらいが、ウケが良い。
 私はその塩梅で、この半年を切り抜けてきた。

「そう。適しているの、前世とか魂とか日常で口にしたら、白い目で見られる言葉が、今この世この地で。」
 舞台掛かった言い回しだな。と思う。
 私だって日常生活で演じている時と同じ語尾つけて喋っちゃうことがあるのでムジナだけど。

 しかし、私とパイセンでは格好良さが違う。同じですね!とは気軽に言えない。
 パイセンは朗読一本でのし上がった業界の異端児。
 普通はゲームの実況とか歌とかコラボ企画とかで数字をあげる。それらに一切手を出さずにここまで来た。
 
 この界隈では最強の武器である「声」を持ち合わせ、雰囲気を(あぶ)る力がある。
 まして美しい皮まで貼り付けたら、もう無敵だ。
 
「私はこの世界が好きなの。簡単に張り替えられる皮なのに、他者が被ることを「魂の冒涜」と指すこんな世界が。」
 パイセンの言っているのは、月頭にあった「中身リニューアルデビュー」のことだろう。
 有名絵師と金のかかったモデリングで、華々しく現れたウチの新人。
 初めから衣装差分も3Dも用意されてた、武器である声も最上級。
 
 ただし、心はすぐ折れた。
 
 活動期間は一週間。私のバイト最短期間と同じだから、親近感が湧く。
 
「大荒れしましたよね…再利用したい気持ちはわかりますけど。めっちゃ可愛いキャラだったし。」
 中身が引退し、宙に浮いていた皮は、使い回された。
 お金がかかっていたろうし、何より今後の計画があったのだろう。
 事務所に行った時「大きな案件が待っている」と、嬉しそうに社員さんに自慢された。
 
 でも、そんな俗な事情などみんな知らない。
 当然大炎上した。

「誰でも入り込める器。張りぼてだってみな理解してるのに、ちゃんとその中を想いこんなにも怒る。私達は皮を被ることで得たのよ魂と前世を。」
 ヤバイ香りがするな。と思った。
 壺ですむなら言い値で買う覚悟はある。おかげさまで実入りがいいのだ。

「キャラクターを信じる尊さと限界。他者を推す熱量と残酷さ――その両方が手にできる。このラインは断絶ではなく繋がりよ。」
 白く細い手が、私の左手首を握りしめた。
 せめて、右にして欲しかった。そっちはわざわざ生身なんだから。

「私。神になりたいの。前世と魂のあるこの枠の中で、神として消費され救いを与えたい。手伝いなさい。」
 どうしたものだろう。壺なら倍の値で購入するのに。
 本日のオススメメニューは若鶏の鉄板焼き、普通初対面のお話し合いでお肉食べる?

「とりあえず…デラックスチョコパフェ頼んでいいですか?脳に糖分を…。」
「もちろん。私も食べるわ。全部全てが欲しいから。」
 触れてはいない。触れてはいない筈なのに、リストバンドの下の傷がズキリと静かに脈打った。
 この日、この時、この場所で、私は生まれ変わったのだ。
 
 このパイセンに皮を剥ぎとられる事により。
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