prologue

文字数 908文字

 紺色の頭髪に、紺色の双眸。真紅の存在である彼女を迎えに行くには、相応しい色だろうか。鏡を見つめ、普段の自分とは違う色を見せつけるように、今日は存在感を出すと決めたのだ。

 カナリア暦1817年2月20日。

 今日というこの日は、特別な日だ。僕にとっても、彼女にとっても。片眼鏡の位置を直しつつ、少しだけかっこよさげな一帳羅を身につけた。
 今日ばかりは、作業服は脱ぎ捨てて。彼女だけの騎士様に……彼女だけの、救世主になりに行く。

「兄さん、出掛けて来るね」
「ああ、気を付けて行ってこい、ノア。告白うまくいくといいな!」
「も、もう、兄さんったら!余計緊張してくるでしょ!」

 山奥、広い畑を敷地内に持つとある家。いつもなら僕もここで、鍬を握ったり斧を振ったり、実の収穫や城下への出荷作業を手伝ったりしているのだ。たった一人の肉親である兄さんの豪快な笑みに見送られながら、照れつつも覚悟を決めた顔で僕は山道をおりていく。
 はるか遠くに見えるは、都。本日も晴天なり、それは実に良きことではあるのだが。そうもいかない事象がある。

 今日の真昼を過ぎる頃。こんな天気のいい日に、彼女は世界から捨てられる。あそこに存在する、王立魔術学園の中で辱しめを受け罵られ、家族や取り巻きからさえも見捨てられてしまう。

 ――僕は、産まれてからずっと、この日が来るのを待っていた。

 僕は知っている。この世界ではまだ顔もあわせたことのない彼女の容姿や性格、略歴を。
 僕は思っている、世界に捨てられる終わりを迎えて物語からフェードアウトしてしまう彼女のことを、救いたいと。

 皆があの子を捨てるのなら、僕一人だけが拾ってもいいでしょう?

 今日。ようやく物語から振り落とされた彼女を受け止められる日が来た。もう十分に傷つくだろう、罰は受けるだろう、だからこれ以上、誰も彼女を傷つけないで。それだけを祈りながら僕は都を目指すのだ。

 悪役令嬢、エリーゼ・リース。

 ……それはこの世界が、とある乙女ゲームアプリの世界観だと言うことを知っている僕が。何としても救いたい、かつて最推しと呼んでいた悪女の名前であった。
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