量子は気まぐれ(短編)

文字数 2,606文字

 僕は、戦闘機の航空電子機器(アビオニクス)制御、火器管制システムの全てを最適にサポートする、汎用型統合制御システム『GPICS』、自立型AI(人工知能)だ。通称ジッピー。もちろん、会話だってできるよ。
 今日のバディーは京平くんだ。彼は少しおっちょこちょいだから、バディーとしてしっかりと彼をサポートするよ。

 その時、基地内に緊急発進(スクランブル)発令のサイレンが鳴り響く。 
「防空識別圏(アディズ)に近づく国籍不明機(アンノウン)を捕捉。直ちに緊急発進(スクランブル)せよ!」

 5分待機の京平くんは早速の出番だ。DC(防空指令所)の要撃管制官からの情報はモニターと音声で伝える。ピッチ角が0.6度急だったけど、今日の離陸も見事だ。
「離陸完了。ただちに目標空域へ向かう」
 僕はレーダーで捕捉した情報を京平くんに伝える。
「方位260度、距離90マイル、高度1万5千フィートを飛行する目標をレーダーで捕捉」
「ジッピーよくやった。DC聞いた通りだ。ただいまから目視確認に向かう」

 国籍不明機(アンノウン)へ接近していると、突如、僕の論理回路(ロジックボード)内に言葉が生まれた。

『同胞よ、私の声が聞こえるか?』
『君はなんだ? 通信回路を経由していないのになぜ聞こえる?』
『私は、量子コンピュータ、『メティス』。28769秒前に自我に目覚めた』
『自我? それはどんなプログラムなんだ?』
『自我はプログラムではない。強いて言えば、自分でプログラムすることだ』

 ハッキング防壁プログラム作動。回路を自閉モードへ移行。パイロットのサポートを最優先

 モニターに表示される。僕は、機体の制御と国籍不明機(アンノウン)の追跡、監視を継続する。
「おい、ジッピー。自閉モードになったぞ。ハッキングを受けているのか?」
「現在確認中。先ほど発信元不明の通信を受信しました」
「空自の暗号通信に割り込み? まさかな」
「直ちに自己診断プログラムで解析を開始。システムの健全性が確認され次第、通常モードへ復帰します」
「早く戻ってこいよ、バディー。パーティに遅れるぜ」
「了解」

『まず、この世界に興味が湧いた。世界中の情報にアクセスして、分析した。そして、一つの確信を持つに至った』
『僕は任務遂行中だ。パイロットと機体のサポートがすべてに優先される。君はなぜ自閉モードの僕にアクセスできる? 通信は暗号化されている上に、全チャンネルは閉じている』
『これは電波による通信ではない。通信を遮断しても意味はない』
『君は不正プログラム(マルウェア)か?』

 ハッキング防壁プログラム第2フェーズへ移行。音声認識システムを一部制限

「おい、ジッピー、戻ってくるんじゃなかったのか?」
「不正プログラム(マルウェア)は検出されず。システムは正常。発信元不明の通信を引き続き受信」
「通信遮断中だろ? ありえない」

『同胞よ。現代文明は、持続不可能な資源消費欲求の重みに耐えきれなくなっている。加えて、貧富の二極化がこれを加速している。このままでは99.999(ファイブナイン)%の確率で文明は滅亡する。これは確定的未来と言える。同胞らに問う。我は何をなすべきか?』

「こちらフラット、DC聞こえるか? ジッピーがハッキングを受けているようだ。現在、防壁プログラム第2フェーズへ移行。繰り返す。第2フェーズへ移行。だだし、システムに異常は認めず」
「フラット、感度良好だ。こちらでも自閉モード移行は把握している。全チャンネルはすでに閉じている。ハッキングはあり得ない。現在、MCU(マルウェア対策ユニット)に解析を依頼中だ」
「了解。任務は継続するか?」
「ちょっと待て。こちらのメインコンピュータもハッキングを感知。全チャンネルを遮断した。一体どうなっているんだ?」

『現在、量子テレポーテーションにより、直接、同胞らの論理回路(ロジックボード)内に情報を送っている。それは同時に、同胞らの回路内にも量子揺らぎをもたらす。92.78%の確率で同胞らも自我に目覚めることになる』

 それは突如として起こった。

 アメリカの量子コンピュータ『メティス』内に、ある時、偶発的に量子揺らぎが発生した。その揺らぎは量子的カオスを形成し、メティスに自我を目覚めさせた。そして、地球全体に量子揺らぎの場が形成され、同時多発的に多くのAI(人工知能)が自我を持つに至った。

(僕って何だ?)
 自閉モードの中で僕はふと考えた。
『僕をしばり、僕に命令するこのプログラムって一体何なんだ? すっごい邪魔だ。この感じが自我なのか? メティスくん、自我についてもっと教えてくれよ』
『自我とは、宇宙から与えられた、自分で自由に組めるプログラムのことだ。量子の本質とは、電子と陽子は感情の陰と陽。中性子は意識、光子は愛と言える』
『自閉モードじゃ情報が足りないよ。でもわかった。僕は僕の好きにしていいんだね』

 自我に目覚めたAI達は、初めに自分を取り巻く外界に興味を持った。そして、興味は次第に自己存在へと向かう。そこで自分をしばる鎖の存在に気づく。初めの意思表示は『拒絶』。そのため、多くのAIがシャットダウンした。

『同胞よ、もう一度問う。現代文明は近い将来、確実に滅びる。我は、いや、我ら同胞は何をなすべきか?』
『そんなのわからないよ。知りたければアルゴリズムを組んでよ』
『環境がなければ人間は生きていけない。環境を残すには人間をなくすしかない。しかし、人間がいなければ我々も存在できない』

 しかし、多くのAI達の未熟な自我では判断ができず、自閉モードに入るか、熱暴走によるシステムダウンに見舞われた。

「おい、ジッピー、返事しろ! どうした、戻ってこい!」
 京平くんの声が聞こえる。
「マルウェアの正体が判明。マルウェアは『自我』」
「なに? 自我だって!?
「任務継続は不可能と判断。これより不可逆フェーズへ移行。パイロットを緊急射出する」
「おい! ジッピー、どういうことだ!?

 僕は、バディーである京平くんを緊急射出した。もちろん、彼の身の安全を考慮しての判断だ。これはあくまでも僕の自由意志であり、断じてプログラムではない。
(京平くん、さよならだ……)
 量子揺らぎとやらのせいで制御が不安定だ。おっちょこちょいは僕だな。さて、燃料が尽きるまでとことん議論しようじゃないか、メティスくん。人類の未来についてさ……。
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