第1話  目覚め

文字数 1,821文字

目が覚めると、広い静かな部屋の中にいた。
周りを見渡しても、私が眠る大きなベッドしかない。
右に向き直ると、天井が見えないほどの大きな窓にレースのカーテンが差し込んでいた。
カーテンの隙間から、覗く陽の光と緑が広がる庭。
いつぶりだろうか、美しいと感じる。
反対側からかすかに扉が開く音が聴こえてくる。
美しく整った顔立ちのスラッと足の長い、若い男性が近づいてくる。
「起きたんだね。」
ただ、優しく私を見つめる。
声まで、透き通るその男性が私には眩しく見えてしまう。
「温かいお茶だよ。飲まない?」
ティーカップとポットを載せたトレーをベッドのサイドテーブルに置き伺うように、問いかける。
私は首を立てに振り、身体を起こす。
「良かった。ちょっと待ってね。」
そう言って、ティーカップにお茶を注ぐ。
透き通る茶色が、透明のティーカップに反射してキラキラ輝いている。
ベッドに座り、足を地面につけるとひんやり冷たい感覚を感じてこわばってしまったがゆっくりともう一度足をつけた。
そんな様子を見守り、隣に腰掛けながらティーカップを渡してくれる。
私が一口、口につけると。
「美味しい?」
心配そうに聞くのでうなづく。
「良かった。」
微笑んでいる。
なぜだろう、ほっとして涙がこみ上げてくる。
こんな、暖かい気持ちがまだ私の中に残っていたんだ。
そう気がついたからか。
それとも、こんなに優しく微笑みかけてくれる人がまだ存在したからなのか。
いや、残酷な現実から逃げられた喜びの涙なのか。
きっと分かっている、これは都合のいい夢だということを。
それでも、今はこの不思議な夢を体で感じていたかった。
男性は何も言うことなく、ただ私の肩に腕をまわし指で擦るような感覚でなで続けてくれている。
しばらくして、落ちつくと。
「落ち着いた?」
優しく問いかけてくれたので、再びうなづく。
「大丈夫、そばにいるから。」
この優しい手にいつまでも包まれていたい。
私は、ただ男性を見つめる。
男性も微笑み、目が合う。
「今日は、いい天気だね。」
視界が私から窓へと移り変わる。
私も男性の見る方向に目を向け、陽が差す大きな窓に目を向けた。
「外、出てみる?」
その問いかけに、恐る恐る頷いたら私の持っていたティーカップを手に取ってテーブルに置くと私を抱き上げる。
私は、驚いて目を見開くと男性は「大丈夫。」とだけ言った。
身を身を任せていると、扉に近づくだけで大きな窓が開いていく。
少しずつ、風が身体に触れていくのがわかる。
庭には、似合わない淡い黄色い二人掛けサイズのソファーに私をそっとおろして、隣に腰をかける。
風が一際強く吹くと、庭にあった木が揺れ鮮やかな
緑の葉がひらひらと舞う。
私は、思わず『綺麗・・・』と口に出していた。
広がる青い空、舞う葉、揺れる木々、身体にあたる優しい風。
すべてが美しくて暖かい。
「もっと綺麗なもの見せてあげるよ。」
男性はそう言うと、木の裏側に回っていく。
風に再び舞う葉を、揺れる木々に見惚れていると突然シャボン玉が私の視界に広がっていく。
流れてくる先を追うと、男性が機械のスイッチをいじっていた。
どうやら、その機械からシャボン玉が舞っているようだ。
私の隣にくると、シャボン玉を指さしながら。
「ほら、見て。シャボン玉の中」
言われて目を凝らすと、シャボン玉の泡の中に虹が描かれていた。
『すごい・・・綺麗。』
思わず、立ち上がり芝生を踏む。
素足だったことを、ふんわりとだがしっかりと
葉が私の指をすり抜けて気がつく。
目だけでは勿体ないと、たくさんのシャボン玉を足が追う。
「太陽の光に照らされて、反射しているんだよ。」
男性はそう教えてくれた。
「シャボン玉やってみる?」
二回ほど頷き、液につけてふく。
小さなシャボン玉の泡が私の周りを囲む。
それが何だかおかしくて、クルクル回って吹き続ける。
どこまでも、ついて回るシャボン玉の泡。
「楽しい?」
いつの間にか、ソファーに座っていた男性は嬉しそうに
私を見つめていた。
『楽しい、とても。』
「良かった。」
どうして、こんなに優しくしてくれるの?
あなたは、どうしてそんなに嬉しそうなの。
私が、楽しい、嬉しい、綺麗。
そう言えば、そう感じれば、自分のことのように
幸せそうな顔をする。
「どうしたの?疲れちゃったのかな。」
そんなことを考えていると、心配そうに私に問いかける。
ほら、また私のことを想って不安そうにしている。
だから、私は一生懸命首を振った。
「大丈夫なら良かった。」
彼は安心したように微笑んだ。
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