第1話
文字数 1,995文字
バンシーの泣き声がした。数は四つ。古い屋敷の庭で悲しそうに泣いていた。
バンシーは泣き声を上げ、住人の死を予告する妖精である。
呼び鈴を鳴らすと不安そうな顔をしたメイドが現れた。
「死すべき予定の人を探しに来ました。探偵です」
名乗った。
「四人、この屋敷の住人が死にます」
屋敷の住人を客室に集め俺は言った。息をのむ音や、小さな悲鳴がいくつか上がった。
「その誰が」
五十代ぐらいの女が言った。
「それを調べるために私は呼ばれました」
依頼人を見た。
「そうだ。ごほっ、おそらくその一人はわしであろうな」
八十代ぐらいの老人で、当主で依頼人である。当主の妻はすでになくなっており、息子夫婦と孫と、複数の使用人と暮らしている。
「バンシーを倒せば良いのでは」
口ひげを生やした男が言った。おそらく当主の息子だ。
「いえ、意味はありません。バンシーは死者を予告しているだけです。バンシーを退治しても、何も変わりません」
何度か術士によってバンシーは退治されてきたが、予告された死者は変わらなかった。バンシーは結果を予告しているだけで、結果に至る原因ではない。
「屋敷から出れば」
「そこは難しいところです。屋敷から出た事による死もあります。出たことにより回避できたケースもないわけではありませんが、死因がわからないまま、外に出ても、死を回避できるとは限りません」
「防ぐ方法はあるんですの」
「……ありますよ」
いくつかね。
「どうすれば」
「死の原因を取り除けば、バンシーは泣き止みます。そうなれば、死者は出ません」
「そう」
夫人は安堵した表情を浮かべた。
「しかし、四人もなくなるとは、尋常なことではないよ」
お互いを見合った。事故か殺人、それが頭に浮かんだのだろう。
「正確には、あと三人です」
俺は言った。
「三人? どういうことですの」
夫人は首をかしげた。
「今しがた、バンシーの鳴き声が一つ、変わりました。この屋敷の誰かが、息を引き取ったようです」
バンシーの泣き声が、すすり泣くような声ではなく、まるであざ笑うような泣き声に、一つだけ変わっていた。
「毒ですね」
亡くなっていたのは、昨夜から体調が悪いと部屋にいた若いメイドである。体液を検査したところ毒物反応が出た。
「一体誰が」
「自殺である可能性もありますよ」
あまりその可能性はないだろうと思いながらも言った。屋敷の住人は不安そうに互いを見つめた。死者の数は四人、バンシーが予告した数の人間を先に殺してしまえば、自分の死は免れる。そこに皆気づいたのだ。
「皆さんの血液を少々いただきたい」
俺は言った。
「なんのために」
「毒物を摂取していないか調べたいんです。皆さんの中に、同じ毒物を摂取していて、まだ治療可能なら、バンシーの泣き声が止まる可能性があります」
屋敷の住人の血液をすべて採取し検査した。毒物に関してはシロだったが、別のことがわかった。
俺は再び関係者を集めた。
「亡くなられたメイドは、当主の血縁者でした」
亡くなったメイドから採った血液と、当主の血液を血縁関係を調べる魔術にかけてみると、親子であることがわかった。
当主の老人に注目が集まった。
「その通りじゃ。彼女はわしの娘だ。二十年ほど前、手を付けたメイドとの間に生まれた娘だ。彼女が亡くなり、大人になった娘がメイドとしてやってきた」
「つまり、彼女は、次期当主の妹ということになります。そうなると、当主がなくなった後、財産を受け取る権利が生じることになります。バンシーが泣いていましたから、当主がもうすぐ死ぬのではないか。死ぬ前に当主は隠し子の存在を認め、遺言を書き換えるかも知れない。そう思った次期当主夫妻は、当主の隠し子であるメイドを毒物で殺した」
「バカな、そんなことはしていない」
「そうよ。そんなことはしていないわ」
夫妻が声を張り上げた。
「実際の所、どうなのかはわかりません。バンシーが死を予告している中、あなた方の犯行かどうか、ゆっくり捜査する時間なんてありません。問題は、事実はどうあれ、娘を殺したのは、あなたたち二人だと、当主がそう判断した場合です」
二人は動揺した様子で首を振った。それから、当主である老人を見た。
老人の顔色はどす黒く変色していた。顔をゆがめ二人をにらみつけていた。当主は、ポケットに手を入れ何かを取り出そうとしていた。俺はその手を押さえ、ゆっくりとポケットから手を出させた。当主の手には拳銃があった。
「娘を殺したあなたたちを当主は許せなかった。何か証拠があったのか、彼にしかわからない何かがあったのかもしれません。あなたたち二人がやったと知った、あるいはそう思いこんだ当主は、あなたたち二人を、拳銃で撃ち殺し、その後、当主は自ら命を絶った。これで四人の死人がそろいます」
拳銃を取り上げると、当主は膝をつき泣き崩れた。
バンシーの泣き声は、やんでいた。
了
バンシーは泣き声を上げ、住人の死を予告する妖精である。
呼び鈴を鳴らすと不安そうな顔をしたメイドが現れた。
「死すべき予定の人を探しに来ました。探偵です」
名乗った。
「四人、この屋敷の住人が死にます」
屋敷の住人を客室に集め俺は言った。息をのむ音や、小さな悲鳴がいくつか上がった。
「その誰が」
五十代ぐらいの女が言った。
「それを調べるために私は呼ばれました」
依頼人を見た。
「そうだ。ごほっ、おそらくその一人はわしであろうな」
八十代ぐらいの老人で、当主で依頼人である。当主の妻はすでになくなっており、息子夫婦と孫と、複数の使用人と暮らしている。
「バンシーを倒せば良いのでは」
口ひげを生やした男が言った。おそらく当主の息子だ。
「いえ、意味はありません。バンシーは死者を予告しているだけです。バンシーを退治しても、何も変わりません」
何度か術士によってバンシーは退治されてきたが、予告された死者は変わらなかった。バンシーは結果を予告しているだけで、結果に至る原因ではない。
「屋敷から出れば」
「そこは難しいところです。屋敷から出た事による死もあります。出たことにより回避できたケースもないわけではありませんが、死因がわからないまま、外に出ても、死を回避できるとは限りません」
「防ぐ方法はあるんですの」
「……ありますよ」
いくつかね。
「どうすれば」
「死の原因を取り除けば、バンシーは泣き止みます。そうなれば、死者は出ません」
「そう」
夫人は安堵した表情を浮かべた。
「しかし、四人もなくなるとは、尋常なことではないよ」
お互いを見合った。事故か殺人、それが頭に浮かんだのだろう。
「正確には、あと三人です」
俺は言った。
「三人? どういうことですの」
夫人は首をかしげた。
「今しがた、バンシーの鳴き声が一つ、変わりました。この屋敷の誰かが、息を引き取ったようです」
バンシーの泣き声が、すすり泣くような声ではなく、まるであざ笑うような泣き声に、一つだけ変わっていた。
「毒ですね」
亡くなっていたのは、昨夜から体調が悪いと部屋にいた若いメイドである。体液を検査したところ毒物反応が出た。
「一体誰が」
「自殺である可能性もありますよ」
あまりその可能性はないだろうと思いながらも言った。屋敷の住人は不安そうに互いを見つめた。死者の数は四人、バンシーが予告した数の人間を先に殺してしまえば、自分の死は免れる。そこに皆気づいたのだ。
「皆さんの血液を少々いただきたい」
俺は言った。
「なんのために」
「毒物を摂取していないか調べたいんです。皆さんの中に、同じ毒物を摂取していて、まだ治療可能なら、バンシーの泣き声が止まる可能性があります」
屋敷の住人の血液をすべて採取し検査した。毒物に関してはシロだったが、別のことがわかった。
俺は再び関係者を集めた。
「亡くなられたメイドは、当主の血縁者でした」
亡くなったメイドから採った血液と、当主の血液を血縁関係を調べる魔術にかけてみると、親子であることがわかった。
当主の老人に注目が集まった。
「その通りじゃ。彼女はわしの娘だ。二十年ほど前、手を付けたメイドとの間に生まれた娘だ。彼女が亡くなり、大人になった娘がメイドとしてやってきた」
「つまり、彼女は、次期当主の妹ということになります。そうなると、当主がなくなった後、財産を受け取る権利が生じることになります。バンシーが泣いていましたから、当主がもうすぐ死ぬのではないか。死ぬ前に当主は隠し子の存在を認め、遺言を書き換えるかも知れない。そう思った次期当主夫妻は、当主の隠し子であるメイドを毒物で殺した」
「バカな、そんなことはしていない」
「そうよ。そんなことはしていないわ」
夫妻が声を張り上げた。
「実際の所、どうなのかはわかりません。バンシーが死を予告している中、あなた方の犯行かどうか、ゆっくり捜査する時間なんてありません。問題は、事実はどうあれ、娘を殺したのは、あなたたち二人だと、当主がそう判断した場合です」
二人は動揺した様子で首を振った。それから、当主である老人を見た。
老人の顔色はどす黒く変色していた。顔をゆがめ二人をにらみつけていた。当主は、ポケットに手を入れ何かを取り出そうとしていた。俺はその手を押さえ、ゆっくりとポケットから手を出させた。当主の手には拳銃があった。
「娘を殺したあなたたちを当主は許せなかった。何か証拠があったのか、彼にしかわからない何かがあったのかもしれません。あなたたち二人がやったと知った、あるいはそう思いこんだ当主は、あなたたち二人を、拳銃で撃ち殺し、その後、当主は自ら命を絶った。これで四人の死人がそろいます」
拳銃を取り上げると、当主は膝をつき泣き崩れた。
バンシーの泣き声は、やんでいた。
了
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