涙のホイッスル

文字数 2,404文字

高校サッカー選手権、決勝戦。

A校vsB校の試合。

前半、A校の一点リードで折り返し後半へ。

ハーフタイム中のA校、ロッカールーム。

「絶対に最後まで気を抜くな!
 お前達なら絶対に優勝出来る!
 自分を信じて、仲間を信じて!」

チームを鼓舞するのはキャプテンでも、監督でもない。



✳︎



3年生最後の大会。

達也は、エースとして今日という日を迎えるはずだった。しかし大会直前、練習中に足を負傷してしまった。

全治3週間。大会出場は絶望的となった。

本当に悔しかった。この日のために日々、練習に励んできた。全てをサッカーに捧げてきた。それが無駄になってしまうのか……。達也は悔やみ、自分を責めた。



練習に顔を出すだけの日々……


下ばかりを見つめる日々……


そんなある日、見かねた監督が達也に声を掛けた。

「達也、顔を上げてみろ」

達也は監督に言われるまま、顔を上げた。

そこには、決勝戦に向けて、各々がやるべき事に必死に取り組む仲間達の姿があった。みんな、ひたすらサッカーと向き合い続けている。  

「どうだ?あいつらを見てお前は今、何を思う?チームのために、自分のために。そして、志半ばで負傷してしまった、お前のために、あいつらは戦っているんだ。勝負はもう始まっているんだよ。達也、お前はどうしたい?」

「……」

すぐに言葉が出て来なかった…

「下を向いている暇は、ないんじゃないのか?」

そう言って、監督は立ち去った。

帰り道、達也は自分に問いかけた。

「俺はこのまま、ただ過去を悔やみ続け、立ち止まったままでいいのか…?」

自問自答を繰り返すなか、ただ下ばかりを向いてる自分の不甲斐なさに気づいた。達也は、現実から逃げないと決めた。頑張る仲間達の姿に突き動かされたのだ。

そして、自分に出来ることを考えた。

誰よりも早く来て、一つ一つボールを磨いた。

怪我の原因にならないように、凹凸はないか、
グラウンドを見て回った。

練習中は誰よりも声を出した。ピッチの外から見ることで、初めて気づくこともあった。それをメモにとり、一人一人に伝えていった。

ある日、後片づけをしていた達也に、チームメイトが声をかけた。

「達也、どうした?手が傷だらけだぞ」

「あぁこれ?ちょっと転んでさ」

そう言って達也は、隠すように手を後ろへ回した。  



そして、大会前日。

練習が終わると、達也はみんなを集めた。そして、一人一人に手作りのお守りを手渡した。このお守りは達也が作ったものだ。裁縫は不慣れなため、マネージャーに教わりながら手縫いで作り上げた。

「達也、もしかしてその手の傷って……」

「いやー裁縫って難しいもんだな。へったくそで悪いな」

「達也……」

チームメイトが達也の元へ一気に押し寄せた。

「ありがとな!お前の分まで頑張るから、絶対優勝するから、ちゃんと見ててな!」

「…あぁ、ちゃんと見てるよ!」



いよいよ、大会当日。

A校、試合前のロッカールーム。 

選手達のバッグには、達也お手製のお守りがつけられていた。

「達也のためにも、絶対に勝って優勝するぞ!」

全員で円陣を組んだチームに、キャプテンが声をかけた。



✳︎



後半、あともう残り1分。
ロスタイムは3分。

依然、A校1点リードのまま。このままA校が逃げ切るか。そんな雰囲気がスタジアムに流れ始めた。

だがしかし、コーナーキックに合わせたB校が1点を返し同点に。

一気に歓喜に沸くB校、落胆するA校。

どちらのチームも、ベンチ、応援先、ピッチ内。奮い立たせるように、このスタジアムにいる全員が声を上げ続けた。最後まで、どちらも一歩も引くことはなかった。

ロスタイム残り1分。

B校のカウンター、A校も必死に自陣へ戻った。

しかし、B校のスピードについていけなかった。

ボールはそのまま、ゴールネットを揺らした。



ピッ、ピッピー!



試合終了のホイッスルが鳴り響く…



A校、B校共に選手達はピッチ内に倒れ込んだ。

抱き合って、仲間達と栄光を分かち合うB校の選手達。

泣きじゃくり、なかなか立ち上がることの出来ないA校の選手達。そこには、嬉し涙と悔し涙が入り混じっていた。

そんな中、チームを支え続けた達也が立ち上がった。そして、最後まで諦めずに走り続けた仲間の元へ急いだ。

「よくやった、お疲れさま!」

「達也悪い、お前のためにも絶対優勝するって言ったのに……。約束、守れなくてごめんな……」

「謝んなよ!頑張ったじゃねぇか。俺、ちゃんと見てたから」

うなだれる仲間達に声をかけてまわった。

そしてまた、達也はおもむろに立ちあがった。向かった先は、B校選手達の元だった。

達也は、相手チームの勝利を讃え、一人一人と握手を交わした。

達也ももちろん悔しかった。自分の不甲斐なさを感じ、チームに申し訳なく思った。それでも、達也は下を向かないと決めていた。

そんな達也の姿を見たA校の選手達も、一人また一人と立ち上がり、B校選手達の元へ駆け寄った。達也の後を追うように、一人一人と握手を交わしていった。

両校の姿に、会場は歓声と賞賛の拍手に包まれた。



試合後A校ロッカールーム。

しゃがみ込み、うつ向く選手達。


仲間達に達也が声を掛けた。

「みんな、本当にお疲れさま!怪我をしてしまったこと、正直今でも後悔してる…。だけど、みんなが優勝に向けて一団となって頑張る姿に、俺は背中を押された。みんなの気持ちが伝わって来て、前を向こうって思えたんだ。優勝は出来なかったけど、本当に感謝してる。俺達が歩む道はこれで終わりじゃない、ここからまた始まっていくんだ。だから、今は下を向いててもいい。だけど、ここから出るときは、みんなで胸張って行こうぜ!」

「おう!」

仲間達の目に、希望の光がよみがえって来た。

勝負に勝敗はつきものだ。だけど、そこで人生終わるわけじゃない。どんな結果であっても相手を敬い、また次の目標へ向かっていく。真のスポーツマンシップとはこういうものだ。達也は、この経験を決して無駄にはしないと、心に誓ったのだった。
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