第2話 尻尾人間

文字数 3,029文字

 次に意識が戻ったのは、日の光りが真上にくる前だった。
 (一体、なんだったのだ)
 なぜだか身体が動かない。なにかの力で固定されていた。
 (こ、これが『かなしばり』か)
 怖くなった。目を閉じた。
 (くわばら、くわばら)
 動けないのだ。どうしようもない。
 それからどれだけ目を閉じていただろう。
 やがて人間が動いた。ソイツは男の青年だった。
 (おっ、動けるぞ)「ニャーン」
 窓から飛び降りた。
 (何だったのだ)
 初めての「かなしばり」経験だった。

 「将軍、お顔が優れないようですが、どうされましたか」
 「あぁ、すまない。朝からちょっとな・・・」
 「今日の集会は延期しますか?」
 「いや、大丈夫だ。予定通り行う」
 「御意」
 カッシオはパトロールに行った。
 (そろそろ移動するか)

 神社に人間が集まってきた。
 祭りと言うのをここで開催するようだ。
 出番は夜になってからだ。落ちた食べ物がごちそうだ。後でこっそりくることにしよう。

 ― 満月の夜。
 人間は神社へ、猫は公園へそれぞれ歩いた。
 「よっ」
 「なんだ、お前か。驚かすなよ」
 「今日は何の集会だ」
 「そんなの知るか。アイツが『将軍の話があるからこい』と皆を集めたんだ。元々、みすぼらしかった猫がよ」
 「偉くなったもんだな」
 「世も末だな」
 「おっと、おしゃべりは止めるぞ。将軍がきた」
 ぞろぞろとどこからか猫が集まっていた。
 「将軍、すべて揃っています」
 「うむ。それでは始めよう」
 猫の集会。
 人間にはニャーニャーとしか聞こえていないだろう。しばらくして閉会した。
 (急がなくては・・・)
 神社へ向かった。石段を登れないので、遠回り。落ち葉の坂道をかけ上がった。
 (ふー、間に合った)
 屋台からいい匂いがする。香ばしい美味しそうなヤツ。
 (何か落ちていないかな?)
 トコトコと歩いた。
 「あっ、猫だ」
 無邪気な子供の声。
 「止めなさい。黒猫じゃない。しっしっ、あっちへ行け」
 (これだから大人の人間は・・・)
 俺が何をした。姿が黒猫だからといって、扱いがヒドイだろう。これだから人間はキライだ。
 特に大人。中には私の姿を見ただけで蹴ってくる奴がいる。好きで黒く生まれてきた訳じゃないんだ。好きで野良猫でいる訳じゃないんだー。
 誰かに叫びたかった。でも、人間にはニャーンとしか聞こえない。神社を去ろうと思っていた。
 (アイツは・・・)
 「太陽」が石段を登ってきた。その横には見知らぬ人間? を連れている。見つからないように隠れた。
 (あれは人間だろうか? 尻尾がついているぞ)
 初めて見た。尻尾のついた人間。
 しばらく観察した。
 レグス、アムルガル、アルンと呼ばれる尻尾人間。あの人間はオテロという名前か? 確か「太陽」と呼ばれていなかったか? 分からん。小さな脳ミソで考えた。
 (うーん?)
 分かったぞ。あれだな。軍隊のコードネームだな。きっとそうに違いない。コードネーム、オテロ。きっとそうだな。そう言うことにしておくか。いずれ、俺の名前となるのだが、この時、そんなの気にしていなかった。
 (どうなっているんだ?)
 レグス。アイツは大人だな。あの苦い水を美味しそうに飲んでいる。昔、少しだけ舐めたことがある。うげっ、不味い。なんだ。これは・・・と思った水だ。ビールという飲み物。
 アムルガル。アイツは子供だな。
 ギャーギャーとうるさい奴だ。いつか引っ掻いてやる。ただのチビだ。
 アルンという娘。なんだ。頭を押さえているぞ。氷の塊でも食べたのかな? あれは痛そうだな。
 「太陽」という男。彼女に対して、他の奴と扱いが違う。
 (ははーん。どうやらアルンという娘のことが気に入っているのだな)
 おほん。まー、なんだ。飼い猫になるなら、あの娘がいいよな。きっと優しくしてくれるだろう。黒猫だからといって差別しないよな。そんな娘であってほしい。まだまだ観察を続けた。一般兵Aがいることに気がつかなかった。元みすぼらしい猫だ。
 「将軍、何をされているのですか?」
 「おっ、お前。いつからそこにいた」
 「今、来たところですが、どうかされましたか?」
 「い、いや、なんでもない。それよりも、アイツらを見てみろ」
 「人間ですか? ・・・えっ、尻尾」
 「変だろう。観察することにした。お前も付き合え」
 「御意」
 二匹で隠れた。

 「将軍、そろそろ耳を塞がないと・・・」
 「そうだな。あの花火という明るい大砲が鳴るからな。我々、猫のことを考えてもらいたいもんだな」
 ドーンと打ち上げられる花火。
 耳を塞ぐ猫。たまやーと叫ぶ人間の声。
 (いい加減にしろ。早く終われよ)
 願いは届かない。うるさい音はしばらく続いた。
 「将軍、あれはどうなっているのですか?」
 「知らん。どうやらあの三人だけのようだな。尻尾人間」
 「そのようですね。初めて見ました。驚きですね」
 「・・・だよな。俺も初めてだ。ちょっと待て、誰かきたぞ」
 ソイツは俺達を無視して、「太陽」と話をした。
 「君達はオセロニアの世界からやってきたんだね」
 そう聞こえた。
 (なんだ。オセロニアの世界って・・・)
 ここと違う世界から来たとでも言いたいのか?
 (そんな、バカな・・・)
 いや、違う世界からきたのなら、尻尾があることも理解できる。
 もしも、そのような世界があるなら行ってみたい。大冒険だ。強い奴と戦えるじゃないか? 異世界へ連れていってくれることを願った。
 「そろそろ帰るか」
 「御意」
 俺達はそれぞれ別の方向に別れた。

 次の日、俺は「太陽」家の屋根にいた。
 別世界の尻尾人間を監視するためだ。レグスとアムルガルは興味ない。どうでもいい。アルンという娘だけを監視するつもりだ。あくまでも異世界の人間だからだ。あわよくば、飼い猫として連れていってくれないものか。俺は決してストーカーではない。またしても、一般兵Aの登場。全く気がつかなかった。
 「・・・将軍、全然出てきませんね」
 「おわー、お、お前いつからいた。ビックリするぞ。心臓が止まったらどうするんだ」
 「・・・スミマセン。今、来たところです」
 「・・・まー、いい。監視するぞ。レグスとアムルガルはお前に任す」
 「御意」
 「将軍、出てきました。四人です」
 「よし、少し離れて尾行するぞ」
 「御意」
 見失う前に屋根から飛び降りた。
 (困った)
 レグスはパチンコ。アムルガルはゲームセンター。ふたてに別れてしまった。
 「将軍、どうしましょう」
 「うむ、取りあえずアムルガルを見張っていろ」
 「私はあの二人を追いかける」
 「御意」
 (どこに行くんだろう?)
 そこは剣道の道場だった。
 (なんだ。チャンバラごっこか)
 つまらない。寝て待とう。屋根に登り、目を閉じた。するとすぐに中から出てきた。手をつないで走っていく二人。
 (なんだ。アイツら、どこへ行くんだ)
 眠かったが、気づかれないように尾行した。
 (この方向は公園だな)
 先回りをして待った。やがて、二人がやってきた。
 (アイツ、アルンと手をつないでいたな)
 コイツは許さん。
 (近くに来たら、引っ掻いてやる)
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登場人物紹介

黒猫のオテロ。

野良猫のボスだったが、あることをキッカケに富士見家の飼い猫となる。

ご主人様と一緒にオセロニアの世界を旅するようになる。

カッシオ。

元々、人間に飼われていたが、捨てられた可哀想な猫。

将軍と出会い、配下になる。

現在、富士見家の飼い猫。

オテロのことをいつも心配している。

「御意」が口癖。

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