第10話

文字数 1,543文字

 一般的に警察官になった理由を聞かれれば、悪人から善良な市民を守るためだと豪語する人間が殆どだと思うだろう、しかし現実には違う、なんとなく、公務員は安定しているから、成り行きで、など信念のかけらもないような人間がそのまま警察官になるケースも山ほどある。

 日本の警察官の数は二十二万人、そのすべてが品行方正、勧善懲悪を謳う人間な訳がない。中には犯罪を犯すもの、不当な金を受け取るもの、情報の漏洩、数え上げたらキリがない、そしてその少数派とも言えない部類に自分が属している事も重々承知している――。
 
 喫茶店でパチェラと名乗るタイ人を職務質問したのは先週だ、深夜のパトロール中、通常は二人一組で行動するのだが組んでいた同僚が腹を下して交番に戻っていたので偶然一人だった。

 フラフラと歩く後ろ姿は酒に酔っているように見えたが、特段珍しい光景でもないので普段なら声もかけなかったかも知れない、酔っぱらいの面倒を見るのは骨が折れる。

 ところがその男は目の前で派手にすっ転んだ、道路脇に積んであるゴミ袋に頭から突っ込むとそのままピクリとも動かない、さすがに無視して通り過ぎる訳にもいかないので自転車を止めて話しかけた。

「大丈夫ですかー?」

 返事がないので、無理やり引き起こすと彫りの深い東南アジア系の顔を確認してそのまま放って帰ろうかと思った、ここ数年で海外からの留学、もしくは労働の為に来日する外国人が急激に増えていった、同時に不良外国人が起こす事件も右肩上がりで急増し警察官の仕事を増やしている。

「起きてくださーい」 

 軽く頬を引っ叩くと薄く目を開けた、と同時に飛び起きて畏怖の目をコチラに向けている、警察官になって数年だが職務質問した際の目線や態度で大体なにか悪いことをしている人間は判別が付くようになった。

 この外国人の目は犯罪者のそれだ、そしてこの手の外人の犯罪と言えば薬物か不法滞在、もしくはその両方。

「ナンデスカ、ワタシハナニモシテイマセン」

 あまりにも怪しい態度の男に舌打ちしたくなる、交番に戻ってゆっくりと夜食を食べる予定だったのに、コイツを交番まで引っ張って調書を取っていたら食事にありつけるのはいつになるか分かったものじゃない、一瞬このまま何も見なかった事にしようという考えが頭を(もた)げる。 

「オーケー、オーケー、チョットマッテクダサイ」 

 何も言わずに考えを巡らせていると男は両手をポケットに突っ込んで何かを取り出そうとした、一瞬刃物が出てくるかと警戒するが目の前に差し出されたのはクシャクシャの一万円札だった。

「コレデカンベンシテクダサーイ」

 まったく、これでは自分が何か悪いことをしていると白状しているようなものだ、深くため息を付いた、が、次の瞬間に今は自分一人だという事に気が付いた。

 普段なら二人一組で職質するのでこんな男は問答無用で交番行きだ、しかし今は自分ひとり、この金を受け取って何食わぬ顔をして交番に戻った所で、このやり取りは誰も窺い知らない。

 ゆっくりと夜食のカップラーメンを食べられる上に、一万円まで獲得することが出来る、明日は非番で競艇の硬いレースがある、しかし給料日前の財布の中身は小銭が数枚と寒々しい有様だった。 

「不法滞在か?」

 男は曖昧な返事をした、どうやらビンゴ、しかし薬物よりはまだましだ、そして卑しい考えは一瞬の内に答えを導き出した、男から一万円札を受け取るとシッシと蝿を追い払うように帰らせた。

 その時の男が聚楽、たんまりと稼いでいそうな喫茶店で働いている、経営しているのは在日朝鮮人、はたけば埃が出てきそうなラインナップをどう料理するか腕の見せ所だ、まずは非番の日にあの男、パチェラに接触して話をする必要がある、どう動くかはそれからだ。
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