第1話 お酒が飲みたくなる話。

文字数 2,001文字

春は何もかもが、瑞々しい。
ふきのとうは苦みがあるのに、なぜか嫌じゃない。
それはきっと、天ぷらにするとウマいという奥義があるからだろう。
タケノコは掘りたてを生で食べると美味しいし、タケノコ料理も捨てがたいものがある。
合わせるお酒はそうだな…その土地でないと味わえない銘酒なんかいいんじゃなかろうか。

だが私は圧倒的にビール派。
生ぬるい夜風に吹かれながら、だいぶ汗のかいた重みのあるジョッキを持ち上げ、暑さと日頃のストレスを振り払う気持ちで一気に流し込んだ時ののどを通る苦みと辛さが何ともたまらない。
あ~早くビールよ、来ておくれ。

そんな私は、先ほどまで鉄板でジュージューいわせてただろう目の前の食べ物に目をやる。
そう、餃子。
カリカリに焦げた羽根と共に、私はフーフー言いながら口に運んでいく。
そうして噛んだ瞬間、油と中の水分が出てきて、後から香るニンニクとキャベツの甘みにノックアウトされながら、あ、私は今餃子を食べてる!と、強烈に感じる。
そして、やっぱりうますぎる。

「ねぇ~、他には頼まないの?」
夫がやや口を尖らせながら言う。
「う~ん、あとは…豚キムチ!」
「おまえ、ニンニク好きだな」
「だって、休みの日じゃないと食べられないんだもん」
そう言う私に呆れ笑いしながら夫も、餃子を食べる手が止まらない。

「すみませ~ん、追加で餃子2人前。後ビールも」
「あ、俺もビールで」
「ビール二つお願いします」
店員さんにピースしている私の顔は、ここ最近で一番の笑顔だと思う。

喧噪する店内は花金だけあって、それぞれのテーブルではスーツ姿の若い人たちが各々飲み物片手に、笑い声を上げていたり、運ばれてきた料理と共に撮影に興じている。

品の良さそうなおじさまがカウンターでレバニラ炒めをじっくり味わっていたり、仕事帰りのサラリーマンが一心にラーメンを啜っていたり。
そんな風景をチラチラと見ながら、私は運ばれてきた餃子に再び舌鼓を打つ。

「プハーっ!やっぱり、餃子にはビールだな」
「ほんと、それな」
「レモンサワーもいいんだけどさ、最近のレモンサワーはなんかイマイチで…」
レモンサワー講釈を始めた夫の話を聞きながら、思う。

最近になって、本当に色々なお酒が出てきた。

健康志向も手伝ってアルコール度数の低いものがたくさん出ているのは、日に日にお酒に弱くなってきている私にとってはありがたい。
(ストロング系が流行った時は絶望した)

それでもやっぱり私は、ビールが大好きだ。
一番は生をジョッキでグイッといくのが最高だが、実は瓶ビールも大好き。
昔、父が瓶ビールを手酌しながら飲んでいるのを見ていたせいか、強烈な憧れがあるのだ。

あの瓶ビールを独り占めできるなんて、大人ってなんて贅沢なんだ…。

そんな子どもだった私も大人になり、瓶ビールは結婚式かお葬式での直会に登場することが多く、周囲の瓶ビールに対する認識がそんなものだということを知ったとき、父の瓶ビール好きがどれほどのものなのかと思い知った。

そんな父の好みを受け継いだ私は、今でもスーパーで瓶ビールを見かけると必ずカゴに入れてしまい、手酌でチビチビ飲むのがささやかな楽しみとなっている。

「なぁ、餃子もう食わないの?だったら…」
夫が箸を伸ばそうとした残り一個の餃子を、私は間髪入れず自分の口に入れた。
「熱っ!」
思わずしかめっ面になる。
「ほんっと、食い意地だけはすごいよなぁ~」
悔し紛れな一言を受け流しつつ、熱々の口になったところへビールを流し込んだ。
「プハーっ!やっぱビールさいっこう!」
「さいこう!」
夫もつられてジョッキを持ち上げたので、その勢いでジョッキ同士をぶつけ合う。
たまらず笑い出してしまう私たち。
「なんか、他にも食べたくなってきた」
「俺、おまえが何食べたいのか当てる自信あるよ」
「ほぉ~、じゃあ当ててみ」
「へへへ、言っていい?」
「待って。せーので言おう」
言わずとも分かるだろうという空気がなんだか嬉しくて、私は声を張り上げる。
「せーの」

麻婆豆腐。

中華料理のお店だと石鍋みたいなのに入っていて、グツグツいわしているアレ。
最近は激辛料理の一つとして取り上げられることも増えたけれど、本当にウマい麻婆豆腐は辛旨い、というのが持論。

そういう意味でいうと、ここの麻婆豆腐は私のツボを押さえてくれている。

「きたきた-」
お皿にこんもり盛られたそれは、グツグツいってはいないものの、湯気がもうもうと立ち上がっており、さぞかし熱くて辛いんだろうなということを彷彿とさせてくれる。
すっかり麻婆豆腐の口になっている私たちは、違う方向からレンゲを入れ、口に持っていく。
「ほぉ~、あついあつい。でもウマいし辛い」
「感想が渋滞してんなぁ~」
「だって、それ以外の言葉が思いつかないだもん」
「同意」
そう言って夫も嬉しそうに、麻婆豆腐を頬張る。

その顔を見ていると、互いにベストパートナーなんじゃないかと思う、王将飲みの私たちだ。

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