快適な世界

文字数 1,293文字

手品部の部室は通常のホームルームの行なわれる普通教室の並びの一番端。丁度廊下の角にあり、特別教室と普通教室の境目になっている。
そんな部室のつくりは他の普通教室とは違い、前半分が普通の机が並ぶ教室で、後ろ半分は一段上がって畳の部屋になっており、二つの空間は障子戸で区切ることもできる。
ここは嘗て和室として使われていた教室だ。和室教室など家庭科の授業で一度使う程度のものだが、そんなものでも必要らしい。元々和室の無かった学校はこうして空いていた普通教室の半分を無理矢理和室に変えたのだという。
しかし、今や全面畳の敷かれた和室教室が作られ、普通教室としても和室としても使い勝手の悪いこの教室は俺たち以外に使われることはない。
この時間以外は施錠されて部員の俺たち以外は入ることも不可能なので、中には堂々と手品部の備品が置かれている。終礼や自習をする生徒、ちょうどいい空き教室だと勝手に入り込む輩等に部活動の時間を侵害されることもない。部室としては非常に良い環境だ。


「こんないい部室如何様な手段で抑えたんですか?」
「如何様な手段ってぇ」
先輩は畳に寝ころんだままくすくすと笑う。その笑顔はまるで魔女だ。実際魔法のような力を持っているのだから、この部室を手に入れるのだって先輩にとっては簡単な事だったのかもしれない。
「超能力は使ってないわよ~。普通に『ここの教室なんて開いてて丁度いいじゃないですかぁ』ってね。」
絶対にそれだけのことではないと思うが、口は挟まないでおく。
口の達者な先輩だ。俺など丸め込まれてしまうだけだろう。先生たちと同じように。
「まぁいい場所よねぇここ。畳なんて昼寝するのに最適だし」
「そうですね」
そう言ってごろんと寝返りを打つ。俺は視線をスマートフォンに視線を戻して、興味をなくした会話には適当な相槌をうった。

もう見てわかる通り俺達は部活動なんて大してしない。手品をするのは気が向いた時ぐらいだ。
ここに置かれている備品だって大半は先輩の関係ない私物だ。もちろん手品をするための道具もいくつかは置かれているが、そんなものは一部でしかない。

「っていうか、今まで一回も見たことないんですけど、顧問ってどうなってるんですか?」
「顧問ねぇいるけど......まぁ自由な人だから、全然来ないわね~」
顧問といえど、別に毎回部活に顔を出すわけではない。運動部は知らないが、文化部はいつもこんなものである。
とはいえ、一度も見たことがないということは本来ありえないのだが
「まぁ先生も忙しいのよ」
これまた都合のいい人選である。部室といい顧問といい、部活動と銘打ってだらけるにはあまりにも優良物件ぞろいだ。
やはり疑わしい。そもそも素の顔が胡散臭いのだ。深読みしてくれと言わんばかりに。
「やっぱり何かしたんじゃないですか?先輩」
寝返りも打たず肩越しに自鳥と視線だけを投げかけた。
彼女はわざとらしい程胡散臭い顔をしている。それはつまり、この時点で彼女の術中にはまっているのかもしれないけれど。
「さあ?ご想像におまかせしましょう」
何に対する返事か、先輩はニヤリと口角をあげてそれっきり何も教えてはくれなかった。
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