王国医師団
文字数 1,994文字
北大陸のほぼ全域を占める領土を誇る王国、サルヴァ王国。
その巨大な王国を統べるのは、戦のみによって領土を拡大してきたサルヴァ王だ。
サルヴァ王は、天下に武を轟かせる負け知らずの覇王。彼に歯向かうものはいなかった。
だが、そんな覇王が唯一恐れるものがある。
病だ。
サルヴァ王国は、武力はあれど、医術の発展には他の大陸国に遅れをとっていた。
病ばかりは、いくら覇王といえども、その刃で切り裂くことはできない。
そこでサルヴァ王は、王国中から優秀な医術師を集め、サルヴァ王専属の医師団を結成したのだった。
『王国医師団』と名付けられたその医師団は、サルヴァ王の病時の治療はもちろん、体調管理や食事管理を任された。
いついかなる時も王の元に駆けつけられるよう、医師団たちは常に城の内部にある宮廷内に住まわされた。
しかし、住まわされたと言っても彼らは不自由を強いられるわけではなく、むしろ寛大すぎるほどの接待を受け、贅沢な暮らしができていた。
王国医師団結成の噂は、すぐに王国中に知れ渡った。
国王専属の医師団と聞いて、
サルヴァ王は病に犯されているのではないか。
劣悪な環境下で病に苦しんでいるものにも医療を受けさせろ。
などという声もあったがそれはごく一部の意見で、話題のほとんどは、医師団の待遇に関するものだった。
医術の発展していないサルヴァ王国では、医術師自体めずらしく、まともに医療を行える人材は重宝される。
それゆえサルヴァ王も、医師団には相応の地位を与えていたのだ。
医術師になって王国医師団に入れば、宮廷内で贅沢三昧。
地位も名誉も手に入る。
そう考えるものも少なくはなかった。
しかし医術師への道は険しく、王国内には医術を学ぶ場所もなければ、教えを乞うための医術師は宮廷内にいる。
残った道は医術の発展した外の国へ行き医術を学んで帰ってくることだが、一般の国民にとっては、そんなことは到底無理な話だった。
王国医師団は、サルヴァ王が風邪を拗らせれば、すぐに飛んでいき薬を煎じて飲ませつきっきりで看病する。
腕を怪我すれば傷口に菌が入らないように傷の手当てをし包帯を巻く。
どんな小さなことも見逃さず、医術に対して真摯に向き合い、サルヴァ王の期待に応えようと努めた。
しかし、そんな生活を続けるうちに、王国医師団の医術師たちは宮廷内の贅沢な暮らしと己の地位に満足し、熱心に続けていた医術の勉強を少しずつ怠けるようになっていった。
城の外で病が流行っても、出払わずに自然に落ち着くのを待ち、
留学と称して外の国に行っては女とギャンブルに金を使う。
医学書などは二の次だった。
王国医師団は次第に腐敗していった。
それでもサルヴァ王は、医師団を贔屓していた。
それは、医術師たちが常にサルヴァ王の体調管理を行い、王のみならず、宮廷の従者たちの治療も行ったり、王の姪の命を病から救ったりと、宮廷内でしっかりと地盤を固めていたからだった。
そんな中、王国内で病が流行っているとの噂が宮廷内に届いた。
放っておけばいい。と医術師たちは言ったが、従者が言うには、病の広まる速さが尋常ではなく、日に日に死者数も増加しているという。
それを聞いたサルヴァ王は、医師団に病の鎮静を命じた。
ついに重い腰を上げた医師団は、宮廷を出て、病が流行っているという街に向かった。
街は、息を呑むような惨劇だった。
地面が剥き出しの道路の脇には、病に倒れたものたちの亡骸が山積みにされており、腐敗したそれらの強烈な悪臭が、街全体の漂っていたのだ。
これではまるで病の温床だ。
医師団たちは皆、口を揃えてそう言った。
それでも、彼らはサルヴァ王直属の王国医師団。
病を前に逃亡するわけにはいかない。
医術師たちは街の人々の治療に当たった。
しかし、治療を始めたはいいが、患者たちの病は一向に治る気配がない。
それどころか、誰一人の命も救うことができず、さらに病は勢力を拡大し、王国中に広がっていったのだった。
医師団たちは、なぜ街の医術師たちはこんな状況になるまで流行病を放置していたのかと、怒りの矛先を彼らに向けた。
だが、街の医術師たちも彼らなりに尽力しており、足りない知識と技術でなんとか病を鎮めようと奮闘していた。
病に苦しむ人々、それを必死に治そうとする街の医術師、無慈悲に積み上がっていく死体。
猛威を振るう病の前に、医師団の無力さが露呈した。
病はあっという間に王国中に広まり、やがてこのサルヴァ王国を滅ぼすに至ったのだった。
*
今回、このサルヴァ王国で流行した病は、この国の医学書には載っていない、彼らが初めて対峙する病だったのだ。
それゆえ対応が遅れたということも言えようが、もし王国医師団が、己の地位にあぐらを描き、医術を磨くことを怠るという愚行を行わなければ、防げた悲劇だったかもしれない。
なぜなら今回の病は、外の国の医学書では、すでに治療法が確立し、薬の生成方法も指南されていたのだから。
その巨大な王国を統べるのは、戦のみによって領土を拡大してきたサルヴァ王だ。
サルヴァ王は、天下に武を轟かせる負け知らずの覇王。彼に歯向かうものはいなかった。
だが、そんな覇王が唯一恐れるものがある。
病だ。
サルヴァ王国は、武力はあれど、医術の発展には他の大陸国に遅れをとっていた。
病ばかりは、いくら覇王といえども、その刃で切り裂くことはできない。
そこでサルヴァ王は、王国中から優秀な医術師を集め、サルヴァ王専属の医師団を結成したのだった。
『王国医師団』と名付けられたその医師団は、サルヴァ王の病時の治療はもちろん、体調管理や食事管理を任された。
いついかなる時も王の元に駆けつけられるよう、医師団たちは常に城の内部にある宮廷内に住まわされた。
しかし、住まわされたと言っても彼らは不自由を強いられるわけではなく、むしろ寛大すぎるほどの接待を受け、贅沢な暮らしができていた。
王国医師団結成の噂は、すぐに王国中に知れ渡った。
国王専属の医師団と聞いて、
サルヴァ王は病に犯されているのではないか。
劣悪な環境下で病に苦しんでいるものにも医療を受けさせろ。
などという声もあったがそれはごく一部の意見で、話題のほとんどは、医師団の待遇に関するものだった。
医術の発展していないサルヴァ王国では、医術師自体めずらしく、まともに医療を行える人材は重宝される。
それゆえサルヴァ王も、医師団には相応の地位を与えていたのだ。
医術師になって王国医師団に入れば、宮廷内で贅沢三昧。
地位も名誉も手に入る。
そう考えるものも少なくはなかった。
しかし医術師への道は険しく、王国内には医術を学ぶ場所もなければ、教えを乞うための医術師は宮廷内にいる。
残った道は医術の発展した外の国へ行き医術を学んで帰ってくることだが、一般の国民にとっては、そんなことは到底無理な話だった。
王国医師団は、サルヴァ王が風邪を拗らせれば、すぐに飛んでいき薬を煎じて飲ませつきっきりで看病する。
腕を怪我すれば傷口に菌が入らないように傷の手当てをし包帯を巻く。
どんな小さなことも見逃さず、医術に対して真摯に向き合い、サルヴァ王の期待に応えようと努めた。
しかし、そんな生活を続けるうちに、王国医師団の医術師たちは宮廷内の贅沢な暮らしと己の地位に満足し、熱心に続けていた医術の勉強を少しずつ怠けるようになっていった。
城の外で病が流行っても、出払わずに自然に落ち着くのを待ち、
留学と称して外の国に行っては女とギャンブルに金を使う。
医学書などは二の次だった。
王国医師団は次第に腐敗していった。
それでもサルヴァ王は、医師団を贔屓していた。
それは、医術師たちが常にサルヴァ王の体調管理を行い、王のみならず、宮廷の従者たちの治療も行ったり、王の姪の命を病から救ったりと、宮廷内でしっかりと地盤を固めていたからだった。
そんな中、王国内で病が流行っているとの噂が宮廷内に届いた。
放っておけばいい。と医術師たちは言ったが、従者が言うには、病の広まる速さが尋常ではなく、日に日に死者数も増加しているという。
それを聞いたサルヴァ王は、医師団に病の鎮静を命じた。
ついに重い腰を上げた医師団は、宮廷を出て、病が流行っているという街に向かった。
街は、息を呑むような惨劇だった。
地面が剥き出しの道路の脇には、病に倒れたものたちの亡骸が山積みにされており、腐敗したそれらの強烈な悪臭が、街全体の漂っていたのだ。
これではまるで病の温床だ。
医師団たちは皆、口を揃えてそう言った。
それでも、彼らはサルヴァ王直属の王国医師団。
病を前に逃亡するわけにはいかない。
医術師たちは街の人々の治療に当たった。
しかし、治療を始めたはいいが、患者たちの病は一向に治る気配がない。
それどころか、誰一人の命も救うことができず、さらに病は勢力を拡大し、王国中に広がっていったのだった。
医師団たちは、なぜ街の医術師たちはこんな状況になるまで流行病を放置していたのかと、怒りの矛先を彼らに向けた。
だが、街の医術師たちも彼らなりに尽力しており、足りない知識と技術でなんとか病を鎮めようと奮闘していた。
病に苦しむ人々、それを必死に治そうとする街の医術師、無慈悲に積み上がっていく死体。
猛威を振るう病の前に、医師団の無力さが露呈した。
病はあっという間に王国中に広まり、やがてこのサルヴァ王国を滅ぼすに至ったのだった。
*
今回、このサルヴァ王国で流行した病は、この国の医学書には載っていない、彼らが初めて対峙する病だったのだ。
それゆえ対応が遅れたということも言えようが、もし王国医師団が、己の地位にあぐらを描き、医術を磨くことを怠るという愚行を行わなければ、防げた悲劇だったかもしれない。
なぜなら今回の病は、外の国の医学書では、すでに治療法が確立し、薬の生成方法も指南されていたのだから。