第1話

文字数 814文字

 タコ釣り舟の衝撃

 あれはいつの頃だったか……。父が健在で、私はたぶん高校生だった。
夏休み、父の郷里である広島に行ったとき、タコ釣り舟に乗ったのだ。どういう経緯で乗ることになったのかは忘れてしまったが、なぜか乗った。
 早朝、出発した。いかにも海の男といった、赤銅色に日に焼けた小柄な漁師が舟を操縦した。ある程度沖に出ると、漁師はエンジンを止めた。波で、気持ち悪い感じに舟が揺れる。
漁師はその場所にすでにタコ壺をセットしていたようで、海からフジツボがこびりついた壺を上げ始めた。その後どうなったかはあまり記憶にない。おそらく私は舳先に移動して、海でも眺めていたのだろう。
 しばらくして舟の端の方でバシンバシンという音が聞こえてきた。なんだろう?と思って振り返ると、漁師がタコの頭をつかんで舟に叩きつけていた。私はびっくりして、さっと目をそらした。なんてことをするんだ、と思い、バシンと音がするたび、胸がつぶれそうになった。自分が舟に叩きつけられている気分になり、いっそ、やめてください、と言いにいこうかと思ったが、なんとか思い直した。
必死で海を眺めて意識をそらしながら私は考えた。あの人は漁師で、タコを取ることを仕事にしている。タコ釣り舟というからには、タコを釣って殺すのが目的である。それを承知で乗せてもらっているのに、タコを叩きつけるのをやめてください、と言うのはおかしい。
「ああやってタコを気絶させるんだよ」
 父が説明した。もうじゅうぶん気絶してる、と思ったが、音はなかなかやまなかった。漁師は何か恨みでもあって、タコにあたっているのかもしれない。確かに、いいストレス解消になりそうだ。
 その後、タコの足の輪切りを出されたが、まったく食べる気がしなかった。父はわさび醤油をつけて、うまい!とぱくぱく食べていた。
 私がああいう舟に乗るのは、金輪際ないだろう。あのときが最初で最後だったのだから、まあいい経験をしたと思っている。
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