第1話

文字数 1,998文字

「お義父さん、お願いします!娘さんを僕にください」
 短い瑠璃色の髪の水神隠(みずのかみかくれ)(26)は全体的に白い髪の所々に、えんじ色の混じった頭の火神武蔵(ひのかみむさし)(68)の前で頭を床につけていた。
「何度頭を下げられようと変わらん!忍の道から外れたお前に娘などやらんわ!」
「お父さん…この国も今変わっているのよ。そんな外れた、なんて酷い言い方しないでよ!」
 綺麗な桜色の長い髪をした火神咲良(ひのかみさくら)(24)は父親に言葉をぶつけた。
 この国では、姓に神のつく忍が代々引き継がれてきた伝統的な技、秘術を用いて国の安全を保ってきた。だが、ここ数十年の間に他国から魔法術が取り入れられるようになった。魔法書を用いることで、誰にでも魔術が使えるようになった。またその魔術を手本にして式神も作られるようになった。これはお札のような薄い紙に込められた力を用いて、魔術同等の能力を得るものであった。
 これにより、忍の存在意義が薄れていったのだった。そのために忍の血筋のものも魔法書や式神に手を出すものが増えた。
「咲良、お前もそんなことを言うのか!こんなろくでなしと付き合う暇があったら、九ノ一としての修行にもっと取り組め!」
 変わっていく時代に追い付けない者もたくさんいた。この火神武蔵もその一人だった。武蔵は、水神隠の父親であり数年前に亡くなった水神霞(みずのかみかすみ)、と共にこの国有数の上級の忍だった。それは火神家、水神家の伝統でもあった。
「お父さん!私も式神使っているのよ。前にも見せたでしょ?」
「ふざけるな!どいつもこいつも、外道ものばかりか!もういい、外道もの同士結婚でも何でも好きにすればいい!お前とはもう絶交だ」
 武蔵は声を荒げて言い終えると、家を出て山奥に入って行く。
「お義父さん!山奥には危ない獣がたくさんいます。黒魔術師だって…」
「黙れ!ワシはあの火神家最後の忍なんだよ!誰にだって負けるか!」
 駆け寄った隠を押しはなし、一人で山道を上っていった。
「くそ、どいつもこいつも、魔術やら式神やら言いやがって!この国はとうとう終わりだ」
 ぶつぶつと呟きながら武蔵がやって来たのは墓場だった。そして、火神家と書かれた墓の前にきた。その右隣には水神家と書かれている。
「おい、雪…娘は忍を棄てて式神使いになるんだってよ。お前のことを守れなかったあの式神使いに…」
 火神雪(ひのかみゆき)とは武蔵の妻で咲良の母親であり、忍の血筋のものではない生まれだった。
 他国から魔術が入って十年ほどの頃、武蔵は遠方へ仕事として行かなければならなかった。既に忍は数少ない貴重な存在となっていたが、忍だけ信用する者はまだいた。そのような者達の護衛の仕事だった。
 その仕事には武蔵も霞も行くことになり、その頃は隠や咲良もまだ子供だだったので国から水神家と火神家、そしてこの付近の村の護衛をするために式神使いが送られた。
 不安だったが仕事のために行かなければならなかった武蔵と霞、その仕事中に出会ったのは魔術を人殺しに使う黒魔術師たちだった。その戦いで水神霞は死んでしまった。
 旧友の死にショックを受けながら、帰宅した武蔵を待ち受けていたのは雪の死だった。この村付近も黒魔術師に襲われていた。式神使いは戦いに夢中で皆を護りきることができず、子供をかばう形で雪は亡くなったのだった。
「霞、お前の息子ももうだめだ。魔術とやらに洗脳されて…」
 そう言い終わる前に武蔵は体を仰け反り攻撃を交わした。
「ほう、そのご老体でこれを交わすとは」
 武蔵は四人の黒魔術師に囲まれていた。
「忍をなめるな」
「ふん、あなたが時代に取り残された忍ですよね。時代遅れの化石はもう死んだらいい」
「火神秘術、火炎手裏剣…グハッ」
 武蔵が技を繰り出す前に魔術師の魔法が武蔵の体を飛ばした。
「国有数の忍がその程度ですか。下らな…」
 黒魔術師の一人の言葉は突然止まり、その首が手裏剣と共に宙に浮いている。その剣の戻った先には隠がいた。その隣には武蔵を抱える咲良もいる。
「水魔術、水竜峰!」
「式神炎獣、やつらを食い尽くせ」
 二人の技が次々と黒魔術師たちを倒し、ついに全員が倒れた。
「ふぅ…お義父さん大丈夫ですか?」
「お父さん、大丈夫?」
「ふん、全然平気だ!」
 心配する二人だが、武蔵は立ち上がり背中を向けた。
「隠、お前手裏剣の技術上がったな」
「はい、魔術が使えなくなったときのためにも修行は続けていますので」
「ふん、咲良は気配の消し方が大分よくなっているな。まぁ、着いてきていることはなんとなく感じてはいたが」
「うん、無意識の武蔵と呼ばれたお父さんにはまだまだ叶わないけど…式神の力もあるかもしれないし…」
「…お前たちがあのときそれぐらい強かったら雪も助かっただろうな…さあ、帰るぞ。二人の修行だ。式の取り決めはその後だ」
 そう言って武蔵は山道を降りていく。二人は驚いて顔を見合わせ、父親に置いていかれないように息を揃えて走りだした。
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