第8話 趣味の園芸 完結 最後のアンケート

文字数 986文字

 殺人事件の記憶がまだ新しい十一月。
 一人の転校生が洋子のクラスにやってきた。小早川ローザというハーフの少女だ。父が日本人で、母がイギリス人だという。整った顔立ちと、中一とは思えない丸みを帯びた身体つきをしていた。男子たちは例外なく彼女の虜になり、他のクラスの生徒や上級生も、休み時間になると、ローザの姿を拝みにやって来た。
 ローザはその愛らしい容姿とは裏腹に鉄火肌だった。お尻が見えそうなほど短いスカートを穿き、シャツをはだけて膨らんだ胸を見せつけているくせに、男子に向かって「ジロジロ見てんじゃねえよ!」などとガンを飛ばすのだ。
 しかし、ローザがいかに逆上しようが、熱い視線が途切れることはなかった。ローザの腰や胸を盗み見ている男子の中には、幾人の姿もあった。
 クリスマスも近いある日の下校時刻。昇降口は部活に行ったり、帰宅したりする生徒でごったがえしていた。
 洋子が偶然近くを通りかかった時、ローザの怒声が聞こえてきた。
「おめー、ほんと、キメーんだよ! いい加減にしろよ!」
 階段の踊り場のところにローザはいた。そのすぐ下には幾人がいる。キメーと罵られているのは幾人だった。
「いつも階段の後ろからついて来るの、知ってんぞ! そんなに女子のパンツ見てーのかよ。ほんと、ド変態だなお前」
 辺りには、クラスの生徒や上級生もいた。女子は眉をひそめ、男子は失笑していた。
「女子たち、こいつには気を付けろよ。後ろ歩いてたら、すぐ警察呼べよ。変質者が出たって」
 男子が爆笑した。眉をひそめていた女子たちもクスクス笑いだした。衆目の集まる中、幾人は一言も反論せず、ただ木偶のように突っ立っていた。

 冬休みが終わり、三学期が始まった。
 期初に三回目のアンケート調査が行われた。
 洋子は、幾人の回答用紙を見る勇気がなかった。なぜなら、ローザが一昨日から欠席しているからだ。
 しかし、いつまでも目を背けているわけにはいかないと、その日の放課後、生徒たちが退けた教室で回答用紙を開いた。
 まだ親しくなれない友だち、小早川ローザ。
 やっぱりだ・・・・・・。
 恐る恐る、趣味の欄に目を向けた。

 趣味、園芸。

「それがよかったんでしょう、先生」
 いきなり目の前で声がしたので、危うく悲鳴を上げそうになった。
 教卓の正面に幾人が立っていた。
 幾人は、今まで見たことがない薄ら笑いを浮かべていた。

(了)
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