近道
文字数 1,768文字
「お客さん、この先にね、近道があるんですよ。そこ使います?」
タクシーの運転手は顔をややこちらへ向けて話しかける。運転しているため後ろを振り向くわけにはいかないのだろう。
「お願いします」
深く考えることなく運転手の提案に乗る。土地勘のない俺よりも土地勘のある彼に任せた方が早く着けると思った。
俺はこれから引っ越した彼女の新居に行く。本当はもう少し早く行く予定だったのだが、パワハラ上司に飲みに誘われたのですっかり時間が遅くなってしまった。飲む予定のなかった酒まで飲まされたから公共交通機関とタクシーを使うほかなかった。
山道を走っている間、体を左右に揺らされる。酒の酔いと相まって気分が悪くなる。近道を使ってもらったことを後悔した。
酔いを覚ますために外の景色を眺めることにした。
綺麗な景色とは程遠く、あちらこちらに生えた木々が映るばかりだ。途中に映る祠が不気味に感じられた。
代わり映えのない景色が移り行く最中、俺はわずかな違和感を覚えた。
視界に入った一つの祠。それが先ほど見た物と同一のように思えた。気のせいと言われれば気のせいなのかもしれない。しかし、それからも一定の間隔で現れる祠を目の当たりにして気のせいとは言いがたくなってきた。
祠はこんなにも出現度が高いだろうか。こんなにも小刻みに設置されているだろうか。
恐怖に駆られ、酔いは完全に覚めていた。
「この道は本当に合ってますか?」
「もちろん。もうすぐ抜けると思うよ」
運転手は何も怯える様子を見せない。俺が勝手に思い込んでいるだけで、この場所にはただただ祠が多数存在するだけだろうか。
それから数十分経っても一向に山道を抜ける気配はなかった。車窓から見える風景は変わらず、たまに映る祠は何十回も見てきた物と同じように見える。
やっぱりおかしい。
「この道は本当に合っているんですか!?」
先ほど聞いた時よりも語彙を強めて言う。
「もちろん。後少しで抜けるよ」
運転手は俺の怒りを気にすることなく平然とした様子で言ってのける。
もしかすると彼もまた何かに乗っ取られているのではないだろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。
いずれにせよ、この状況は絶対におかしい。
酔った時よりも体が熱くなっている。全身に鳥肌が立ち、呼吸が乱れる。「落ち着け」と自分に言い聞かせ、気分を紛らわせようと反対側の車窓から景色を眺めた。
ふと、木々の間から白い服を着た女性が見えた。驚きで思わず息を呑む。
今のは一体何だったのか。木々に現れた女性は長い髪を前に垂らしていた。膝がこちらを向いていたので後ろ姿ではない。あの姿はどう考えてもテレビでよく見るものだった。
頭に浮かぶ単語を意識的に消し去る。あんな物を見るくらいなら祠を見た方が数倍マシだ。俺は再び最初に見ていた車窓から映りゆく景色を眺めた。
刹那、車の横に人影が映った。その人物はタクシーの走行スピードと同じ速さで走っている。長い髪は風圧で後ろへと流れ、あらわになった顔は生気を失ったかのように色白かった。目をギンギンに光らせ、口角はギロッと上がっている。不気味な笑みに相まじり、紫色の唇が気味悪かった。
彼女の視線は俺に向いている。逃さないと言わんばかりに視線を合わせたまま走り続ける。俺は恐怖のあまり呼吸ができず、そのまま崩れ落ちるように座席へと倒れた。
****
目を覚ますと体が揺れているのを感じた。視線を上に向けると映りゆく街並みがある。
どうやら目的地周辺を走っているようだ。
「お目覚めですか。よく眠ってましたね」
上体を起こすと運転手が笑いながらそう言った。先ほどの一連の流れはもしかすると夢だったのかもしれない。
「お酒を飲んでいたので、酔いが回ったのかもしれないです」
照れ笑いを浮かべながら運転手に返答する。それからは特に話すことはなかった。
「着きましたよ」
ようやく目的地に着いた。「ありがとうございます」と言いながら財布を取り出す。
「はい。じゃあ、お会計『ごまんろくせんよんひゃくにじゅうえん』ね」
財布の中に入れた手が止まる。聞き違えたかなとメーターに目をやると、彼の言った通り『56420円』と刻まれていた。
後に聞いた話だが、彼女のいる地域には『ぼったくりタクシー』と言うタクシーが走行している時があるのだそうだ。
タクシーの運転手は顔をややこちらへ向けて話しかける。運転しているため後ろを振り向くわけにはいかないのだろう。
「お願いします」
深く考えることなく運転手の提案に乗る。土地勘のない俺よりも土地勘のある彼に任せた方が早く着けると思った。
俺はこれから引っ越した彼女の新居に行く。本当はもう少し早く行く予定だったのだが、パワハラ上司に飲みに誘われたのですっかり時間が遅くなってしまった。飲む予定のなかった酒まで飲まされたから公共交通機関とタクシーを使うほかなかった。
山道を走っている間、体を左右に揺らされる。酒の酔いと相まって気分が悪くなる。近道を使ってもらったことを後悔した。
酔いを覚ますために外の景色を眺めることにした。
綺麗な景色とは程遠く、あちらこちらに生えた木々が映るばかりだ。途中に映る祠が不気味に感じられた。
代わり映えのない景色が移り行く最中、俺はわずかな違和感を覚えた。
視界に入った一つの祠。それが先ほど見た物と同一のように思えた。気のせいと言われれば気のせいなのかもしれない。しかし、それからも一定の間隔で現れる祠を目の当たりにして気のせいとは言いがたくなってきた。
祠はこんなにも出現度が高いだろうか。こんなにも小刻みに設置されているだろうか。
恐怖に駆られ、酔いは完全に覚めていた。
「この道は本当に合ってますか?」
「もちろん。もうすぐ抜けると思うよ」
運転手は何も怯える様子を見せない。俺が勝手に思い込んでいるだけで、この場所にはただただ祠が多数存在するだけだろうか。
それから数十分経っても一向に山道を抜ける気配はなかった。車窓から見える風景は変わらず、たまに映る祠は何十回も見てきた物と同じように見える。
やっぱりおかしい。
「この道は本当に合っているんですか!?」
先ほど聞いた時よりも語彙を強めて言う。
「もちろん。後少しで抜けるよ」
運転手は俺の怒りを気にすることなく平然とした様子で言ってのける。
もしかすると彼もまた何かに乗っ取られているのではないだろうか。そんな考えが脳裏をよぎる。
いずれにせよ、この状況は絶対におかしい。
酔った時よりも体が熱くなっている。全身に鳥肌が立ち、呼吸が乱れる。「落ち着け」と自分に言い聞かせ、気分を紛らわせようと反対側の車窓から景色を眺めた。
ふと、木々の間から白い服を着た女性が見えた。驚きで思わず息を呑む。
今のは一体何だったのか。木々に現れた女性は長い髪を前に垂らしていた。膝がこちらを向いていたので後ろ姿ではない。あの姿はどう考えてもテレビでよく見るものだった。
頭に浮かぶ単語を意識的に消し去る。あんな物を見るくらいなら祠を見た方が数倍マシだ。俺は再び最初に見ていた車窓から映りゆく景色を眺めた。
刹那、車の横に人影が映った。その人物はタクシーの走行スピードと同じ速さで走っている。長い髪は風圧で後ろへと流れ、あらわになった顔は生気を失ったかのように色白かった。目をギンギンに光らせ、口角はギロッと上がっている。不気味な笑みに相まじり、紫色の唇が気味悪かった。
彼女の視線は俺に向いている。逃さないと言わんばかりに視線を合わせたまま走り続ける。俺は恐怖のあまり呼吸ができず、そのまま崩れ落ちるように座席へと倒れた。
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目を覚ますと体が揺れているのを感じた。視線を上に向けると映りゆく街並みがある。
どうやら目的地周辺を走っているようだ。
「お目覚めですか。よく眠ってましたね」
上体を起こすと運転手が笑いながらそう言った。先ほどの一連の流れはもしかすると夢だったのかもしれない。
「お酒を飲んでいたので、酔いが回ったのかもしれないです」
照れ笑いを浮かべながら運転手に返答する。それからは特に話すことはなかった。
「着きましたよ」
ようやく目的地に着いた。「ありがとうございます」と言いながら財布を取り出す。
「はい。じゃあ、お会計『ごまんろくせんよんひゃくにじゅうえん』ね」
財布の中に入れた手が止まる。聞き違えたかなとメーターに目をやると、彼の言った通り『56420円』と刻まれていた。
後に聞いた話だが、彼女のいる地域には『ぼったくりタクシー』と言うタクシーが走行している時があるのだそうだ。