【最終話.水蜜桃みたいなスローライフ】

文字数 1,138文字

「あら、フレデリカ様、おはようございます」

 レーズンを練り込んで焼いたパン。
 豆が沢山入ったスープ。
 焼いた目玉焼き──わたくしの大好きな半熟です。
 スープからは湯気が出ています。
 いいにおい。
 六時を知らせる鐘は、さっき手を繋いでいる時に鳴っていたはず。
 まだそんな時間なのに、もうテーブルには美味しそうな朝ごはんが並んでいます。

「いま、準備しますからね」

 まだ三十歳のクレアが、いそいそとテーブルに食器を並べています。

「おかーさん、フレデリカ様じゃなくてフリッカだよう」

 わたくしの愛しいジューンが笑いました。
 とてもきらきらと。

 とてもきらきらと。

 きらきらと。

 きらきら。

 わたくしは、そんなジューンを抱きしめます。

「大好きです。大好きなんです」
「あたしもだよ、フリッカ! あたしフリッカが大好き!」
「お願いです。お願いです。わたくしを。わたくしを──」

 ひとりにしないで。

『こんにちはー!』

 やけに明るい声がうしろからします。
 振り返ると、緑の髪が眩しい、女神さまみたいな格好をした異国の女の子が立っています。

「うん、時間ですねえ」
「時間……って」
「あなたの、追放スローライフの、おしまいの時間です」
「追放スローライフ……?」
「はい。あなたはひとりでとっても頑張ってきました! もう、頑張らなくていいんですよ!」
「わたくし……がんばっておりませんでしたけれど」
「頑張ってましたよう。でなきゃ一万五千八百五十日も国を守ったり出来ませんよー。ヒスイはそう思います!」

 は?

 いまなんて?

「いちまん……なんですって?」
「ああ、ざっと二百九十年ですねえ。あなたが追放されてからこの世に留まり続けた、年月です」

 この子は何を言っているのでしょうか。
 わたくしはまだ半年しか、この村に滞在していない。
 ジューンちゃんの悪夢は、まだ取り去ってない……

「待ってますよー、ジューンちゃん」
「え?」
「瀕死だったあなたが息絶えたこの廃屋で。ずっと、ずっとまってたんですよ」
「……え?」
「ほらほらー、後ろ見て? フレデリカさん!」

「フリッカ! やっと気づいてくれたんだね!」

 振り返ると、太陽みたいな笑顔で、わたくしのジューンちゃんはそこに立っています。

「二百九十年悪夢を吸い続けて、あなたの魂はもう限界に来ています。ここいらで、本当の水蜜桃みたいなあまーいスローライフ、はじめちゃいましょ」

 ヒスイという名の神様(?)は、そう笑いました。

「でも、この国は、この国の未来は……」

 あっはっは。

 ヒスイさまもジューンちゃんも笑ってます。

「『王国の未来? わたくしは存じ上げませんわ』。そういって飛び出したんじゃないですかー」

 とん。

 そう言って、ヒスイさまはわたくしの背中を押しました。


【完】
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