第5話

文字数 2,758文字

倭建命伝説【ミヤズ姫とタケルの最後編】⑤
タケルはルルズに言った。
「足柄山には歩いて入る。ここで降ろしてくれ。」
ルルズは30メートルほどの上空で大きくカーブし、ゆっくりと降下した。

「ありがとう。」
タケルはルルズの嘴に顔をつけた。
「ルルズ、お前はここで帰ってもいいぞ。」
タケルが言うと、ルルズは首を振った。
「わかった、ありがとう。お前は、空からついてきてくれ。」

「カマキリとカメレオン。お前たちはどうする?」
「我々は、どこまでもタケル様にお供致しますゆえ。」
「そうか、ありがとう。」

「じゃあ、もう行こうか。」
タケルが言うと、ルルズは羽ばたき、空に飛び立った。

足柄山は、ただの森ではなく、青い森で不気味だった。
これまで見た事もない虫や獣がいるので、タケルは太刀を握った。

カマキリは言った。
「なんだか不気味ですね。」
「ああ。こんな森に入ったのは初めてだ。」

「ひっ。」
そう言って、カメレオンは地面のねばねばした物をなめた。
「どうした?カメレオン。」
「これ、人の血だ。」

タケルは太刀をぬき、あたりを見て、前進した。
「ああっ。」
刀に腹が刺さった男が座っている。

「大丈夫か?!」
「う‥。」
男は白目をむき、倒れ込んだ。
「おい、しっかりしろ。」
タケルは男をゆすったが、男は死んでしまっていた。
タケルは立ち上がった。
カメレオンは言った。
「こんなに致命傷をおって生きながらえるのは、己にとっても親族にとっても、この世を地獄にしてしまう。」
「そうかもしれないな。」

「でも、命の長さは神が決めることだ。世界に不要な命など、どこにもない。
その命があるからこそ、平穏が生まれるのだ。命がない場所に本当の平穏などない。」

「それゆえ、タケル様は人間の命を奪わないのですね?」
「そうだ。もし俺が王になるのなら、この国の民、全員にとっての王になりたい。」
「タケル様は立派でございます。」
カマキリが言い、カマキリとカメレオンは頭を下げた。

「あ、そうだ‥。」
タケルは懐から、シラギの鏡を出した。
でも、シラギは霊力を使い空に目をうかべ、タケルの事を見ていた。

「シラギ様に連絡してみよう。」
タケルが鏡をのぞくと、倭で石に座ってタケルを霊視していたシラギは、懐から鏡を出して、覗いた。
「タケル‥?」
「シラギ様、元気ですか?俺は今、足柄山に来ました。」
「そうか。足柄山は、思い人を亡くした者たちの死に場所だ。気をつけろ。」
「はい。」
タケルは少しすっきりした顔で、前を見た。

シラギはため息をつき、鏡を懐にしまい、
「おー、かわいい。」
小鳥たちにエサをあげた。

少し歩くと、乙女の姿が見えた。
「どうしてこちらに来たんだ?」
「上総に用があったの。」

「そうか、尾張までは、ずいぶん遠いだろう?足柄山から降りたら、ルルズに乗って、君を送って行く。」
「ありがとう。」

「こんな場所で会ったのは運命だ。ミヤズ、俺たち結婚しないか?」
「ええ?結婚?」
「そうだ。ミヤズこそ、俺の運命の想い人だ。どうか俺と結婚してほしい。」

「タケル様‥。」
「ミヤズ様‥。」
カマキリとカメレオンは二人を見た。
ミヤズは言った。
「わかったわ。あなたと運命をともにする。」
「いや、ミヤズは俺の妻になってくれるだけで充分だ。俺のために命を落とすな。」
「ええ。わかったわ。」
ミヤズは言った。

尾張国へたどり着いたタケル達は、しばらくその場所で暮らすことにした。
タケルはシラギに連絡をした。
最近は、オホウスも城に戻ってきている。
シラギが鏡をのぞくと、オホウスは空の書斎から透明な階段で降りてきた。
オホウスも鏡をのぞいた。
「タケル‥?」
「兄様、お久しぶりです!俺、ミヤズ姫と結婚をしました。」
「そうか。おめでとう。」
「しばらくの間、こちらで暮らそうと思っています。」
「わかった、好きにしろ。」
オホウスは言った。

シラギは言った。
「しかし、父上はタケルが王になることを望んでいる。いつかは戻ってきてくれ。」

「分かりました。いつかは戻りこの国の民のために命を捧げます。」


「ただいま!」
タケルが家に入ると、ミヤズが赤子を抱いて座っていた。
カマキリとカメレオンもいる。
「おかえりなさい。」

「えっ?!その赤子は?」
「気づいたら私の腕の中にいたのよ。きっと、神様からの贈り物だわ。」

数日間、タケルは赤子と一緒に幸せな日々を過ごした。

月夜、タケルは草薙の剣を、ミヤズの枕元にそっと置いた。
幸せすぎて、力がぬけていた。
家を出たタケルに、カマキリとカメレオンがついてきた。
「タケル様、どこに行くのですか?」
「伊服岐の山の神を平らげに行く。ミヤズに言うと、きっと心配するだろう?」
「はぁ‥。太刀を置いて行くのですか?」
「ああ。きっと言い聞かせれば、聞いてくれると思う。」

「我々もお供致しますゆえ。」
「ありがとう。」

伊服岐の山を登る途中で、白い猪が現れた。
カメレオンが聞いた。
「あの猪、なんでしょう?」
「きっと山の神の使いだろう。帰る時に殺せばいい。」
タケルは言ったが、実はそれが山の神だった。
侮られたことに怒った山の神は、大粒の雹を降らせた。

「わぁぁ。」
「あああ!」
「ルルズ‥。」
タケルがつぶやくと、離れた森で眠っていたルルズが耳を動かした。

タケルはうずくまり、もう一度つぶやいた。
「ルルズ‥。」
ルルズは羽ばたき、タケル目指して飛んできた。

雹が止み、弱ったタケルをルルズは運んだ。
「あ‥。」
ルルズの背で起きたタケルを、カマキリとカメレオンがのぞいている。
「タケル様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。」

ルルズは、能煩野でタケルを降ろした。
タケルは、木の枝を使い、空気の中に歌を詠んだ。
カメレオンが聞いた。

「ヤマトタケル、お前を殺す日が来た!」
ふりむくと、後ろに男が立っていた。
「お前、誰だ‥?」
「俺は‥誰でもない。気に食わないお前を殺したいだけの男だ。」
「なんだ、つまらぬ。失せろ。どこかに行け。」
タケルは言い、また歌を詠みはじめた。

「よくも侮ってくれたな!!」
男は剣を持ち、タケルに向かった。

ガシャン
しかし、タケルの真後ろに男が飛び降りた。
「出雲‥?」
「ヤマトタケル、久しぶりだな。太刀を持たずに旅に出るとは、油断しすぎじゃないか?」
「すまぬ、幸せすぎて、不用心になっていたんだ。」

出雲健は戦い、男を倒した。
出雲健は言った。
「お前は倭に戻れ。お前の妻には、俺から倭に戻ったと伝えておく。」

「ああ、わかった。」
タケルは書きあがった歌を、空気に浮かべた。


ピュー
タケルは口笛を吹き、ルルズを呼んだ。

シラギは、空気から流れてきたタケルの歌をながめて、少し笑った。

倭に戻ったタケルは、王座に座った。
「この国の民を、俺が必ず守る。」
タケルは言った。

タケルの魂は永遠である。
倭建命は、今でもどこかにいる。
そして、日本を守り続けている。

By Song River
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