第1話

文字数 1,855文字

「今時、超能力者だって楽じゃあない」

 深夜のオフィスで一人呟く彼の名は白羽信一郎(しらはねしんいちろう)
 少年時代はサイキック少年としてテレビなどに引っ張りだこであった、本物の超能力者である。

 白羽の栄光はそう長くなかった。
 名が知れた頃に設立された警察の超能力者対策本部に協力して、自分と同じような超能力者による犯罪を防ぐシステムを構築。
 それによって、白羽自身も無法がまかり通らない世界が出来上がった。

「あんだけ協力したのに報酬は木っ端程度、テレビも俺を消費だけして期限が過ぎたと飽きやがる。あ~あ! 昔は良かったなあ!」

 孤独な残業時間にこうして騒ぐのは白羽の日課。
 自身の流行りが過ぎ、社会的地位が危ないと慌てて入った会社を早々に辞めることも出来ず、こんな時間の繰り返し。
 その結果白羽に残されたものは過去の栄光と、悲しき潤沢の預金通帳ぐらいのものとなった。

 「俺は時代の産んだ怪物だぁ。なんでも流行らせて右から左に流しやがって。悲しき中卒著名の社畜がここに居るぞ~!」

 言いながらも打鍵の手は止めない。
 言葉と同じペースで全く興味のない企画書のため手を動かし続ける。

「心が死んで来た気がする…………少し早いがアレを使うか…………?」

 ポケットからスマホを取り出す。
 両手ともキーボードから放したが、依然変わらぬ速度で打鍵は続行――――念力による仕業だ。

 スマホで動画アプリを起動。
 自分の名前を検索して、過去出演したテレビ番組の無断転載を見る。

 白羽の超能力をメインとしたバライティー番組の企画で、南極のペンギンを空中浮遊させに行った時の動画だ。

 終始にやにやとしながら動画を見終わると、流れでコメント欄を開く。
 そこは現代超能力者以上に自由な無法の園――――感想暴言が好き放題出力されていた。

『今なら動物愛護団体が激怒不可避』『この番組いつの間にか終わってたよね』『白羽のトークが南極以上に寒いし滑ってる』『何が起きてるかよく理解してなさそうなペンギンかわいい』

 そんなコメントを流し見する中、ふと画面をスクロールする指が止まった。

『ペンギンも空飛ぶ時代か~』

 目に留まったのは、一見何の変哲もないコメント。
 ただ一つ、白羽の自演コメントである上に曰く付きのものだという点を除けば。
 
「嫌なの思い出した…………」

 つい打鍵が止めて、椅子の背もたれに全体重をかけて脱力しながら過去を思い出す。

 白羽がまだテレビに呼ばれていたころ、インターネット掲示板である都市伝説があった。
 どの機械も経由せずに書き込まれた幽霊のコメント――――それに目を付けた白羽は再現してやろうと意気込み挑戦し、その結果投稿と同時負荷に脳が耐え切れずショートした苦い思い出のあるコメントなのだ。

「今ならできたりするのかな…………」
 
 疲労により脳と直列つなぎになった口が呟く。
 言ってしまえば試すしかない。
 もし失敗して脳がショートしても、ひとまず今日の残業が終わる上に労災が下りて願ったりかなったりだと、今の白羽には完璧に思える理由も構築。
 過去の経験から無理だろうと頭の片隅で考えるが、そんな思考は過去の自分が残した幻想の発想を現実へと変える言葉がかき消してくれる。

「出来ないなんてことはない、だってペンギンが空飛ぶ世の中なんだから」

 パソコンから電気に念力を乗せ、意識をサーバーへと潜り込ませる。
 深い情報の海をかき分け進んだ先、今まで自分の作っていた文章を発見。

 意識で触れれば、変えられる。

「出来た!」

 思わず叫ぶと、集中が足りずにサーバーと意識の接続が途切れる。
 成功の衝撃によって疲労から少し冷めた頭で考えるに、成功の理由は白羽自身の成長によるもの。

 少年時代より育った脳と機械に対する今と昔の理解度に加えて、これまで使い続けた超能力の上達。
 この三つが大きな理由であると推理した。

 楽しくなってきたともう一度挑戦。
 変わりなくサーバーと意識の接続に成功し、企画書の続きを書いてみる。

 頭で考えてから打鍵で入力する二段階の行動と比べて段違いに作業効率が良い。
 このペースならば明日からは定時で家に帰れるのではないかと考え、気分が高揚する。

 実際のところ白羽の生活にこれから大きな変化が訪れる事は無い。
 今までの仕事量を早くこなしたところで新たな仕事が渡されるだけだし、それに腹を立ててこの新たな気づきを悪事に使う気力も気立てもない。
 だがそれに気づくことなく、今白羽は楽しんだ。
 果てしない残業地獄には、刹那でもこんな希望が必要なのだ。
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