僕と桜とベンチのおばあちゃん

文字数 1,005文字

僕がここに住み始めて10年が経った。

僕の住んでいるマンションの前には川がある。その川沿いに桜並木が続いている。
春が始まると、僕はいつもより早く起床する。桜を見に行くためだ。

毎年、僕は1~2週間だけ早起きする。

僕は東京に住んでいる。東京の人間関係は希薄だ。
同じマンションの人とエレベーターで会うと挨拶する。
でも、その人が誰なのか僕は知らない。

道を歩いていたら毎日、数百人、数千人とすれ違う。
でも、どこの誰だか知らない人たちだ。

僕が毎朝同じ時間に歩いていると、どこの誰だか知らない人たちとすれ違う。
毎日すれ違うから顔は覚えている。けど、どこの誰だか僕は知らない。

早朝の川沿い。桜を見ながら僕は歩いている。
そして、顔は覚えているけど誰か知らない人とすれ違う。

今日も、雑貨屋の店主が不機嫌そうにシャッターを開けた。
いつ見ても不機嫌そうにしている。彼も笑うことはあるのだろうか?

前から杖をついたおばあちゃんが歩いてきた。
僕はおばあちゃんを見たことがある。でも、どこの誰か知らないおばあちゃんだ。

**

おばあちゃんを初めて見たのは5年前。
その日も、いつもより早く起床して僕は川沿いの桜を見ながら歩いていた。

川沿いには所々にベンチがあって、おばあちゃんはベンチに座って桜を見ていた。
僕は桜を見ながらベンチのおばあちゃんの横を通り過ぎた。

次の日、僕は川沿いを歩いていたらおばあちゃんがベンチに座っていた。
その次の日も。
その次の年も。

あれは2年前のこと。

僕は川沿いの桜を見ながら歩いていた。
ベンチの前を通り過ぎながら、僕はおばあちゃんがいないことに気付いた。
その次の日も、おばあちゃんはベンチにいなかった。
結局、その年はおばあちゃんを見ることはなかった。

その次の年、僕は川沿いの歩きながらベンチを確認した。
でも、おばあちゃんはベンチにいなかった。

体調を崩して入院したのかもしれない。
子供と一緒に暮らすために引っ越ししたのかもしれない。

僕が桜の季節にだけ会う、どこの誰だか知らないおばあちゃん。

**

僕は、おばあちゃんがベンチの方へ歩いていくのをずっと見ていた。

体調が回復して散歩しているのかもしれない。
子供と喧嘩して戻ってきたのかもしれない。

僕にはおばあちゃんが川沿いのベンチに戻ってきた理由は分からない。

今年、僕はベンチに座るおばあちゃんを毎日見るだろう。
また、来年もベンチに座っていたらいいな。

どこの誰だか知らないおばあちゃん。
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