第1話

文字数 2,908文字

ボクたちは運命のふたりだ! そして俺たちは結婚する。たとえどんな困難が待ち受けていようとも!

ついこの間までは、そんな女性に出会えるなんて思ってもみなかった。いや、それどころか結婚なんてまだまだ先の話、もしかしたら、生涯独身かも知れないなんて考えていたのが夢のようである。

事の始まりは何の事はない、趣味のサークルのオフ会に参加した時だった。立食パーティ形式の会場で、彼女が誰かに押され僕にぶつかって来た。ただそれだけの話。

でも、ここからが運命の始まりだったのである。

次に彼女に出会ったのは、一週間くらい後であったろうか。同僚社員が急病になり、その代役として取引先に向かった時の事である。駅に到着した後、朝からぐずついていた空からは、大粒の雨が滝のように降りだした。両手に荷物を持っていたため、まぁ大丈夫だろうと傘は持って来なかった。

タクシー乗り場には行列ができ、売店でも傘はすべて売り切れ。まさか濡れネズミで取引先を訪問するわけにも行かず困っていると、たまたま彼女が改札の方からやって来た。

彼女の務めている会社がこの近くにあるとの事で、彼女が社へ戻るのに同僚の車を呼び、ついでに僕を乗せて言ってくれる算段になった。なんという幸運だろうか。

おかげで仕事も滞りなく終わり、さすがにお礼をしないわけにはいかないので、彼女を食事に誘い連絡先を交換する仲になった。もっとも、実際に連絡をする事はお互いなかったが……。

ところが更に三週間後、今度は僕が良く昼食をとる小さなレストランで、彼女と出会う羽目になった。僕が店に入ると突然怒鳴り声が聞こえ、若いカップルが喧嘩をし始めた。ついには料理の皿を投げ合うまでに発展し、それがある女性に当たって彼女の服は料理で滅茶苦茶の状態になってしまった。

もうわかるだろう? その女性こそ、例の女だったんだ。店主が警察に通報してカップルを連行したまではいいが、彼女は泣き出しそうな顔をしていた。僕が話しかけると一瞬驚いた表情をしたものの事情を話し出す。

これから大事なクライアントとの取引があるのだが、こんな汚れた服で会うわけにはいかない。代わりの人間を呼ぶ時間もないし、ほとほと困り果てている様子だった。

そこで僕が助け舟を出す。僕はアパレルメーカーに勤めていたので会社には女性用のスーツも何着か置いてある。僕はすぐに連絡をして、彼女に合いそうなスーツ一式を持って来てもらった。まぁ、その部署に貸しのある奴がいたのも幸いした。

店の奥で着替えさせてもらい、彼女は何度も頭を下げてから急いで取引先へ向かったのであった。

会社へ戻る道すがら考える。これで前の借りは返せたよな。

だけど、冷静に思案すると……。

これは幾ら何でも偶然が過ぎるのではないか? もしかしたら彼女は、特別な目的を持ってボクに近づいてきたのかも知れない。詐欺か、はやまた産業スパイか……。実際、僕は秘匿性の高い部署で働いており、ハニートラップに引っ掛かり情報漏洩をした同僚も知っている。

そう思った僕は、探偵社の門をたたき彼女の身辺や行動を探らせた。自分の身は自分で守らねばならないし、独身貴族ゆえ使える金銭にも余裕がある。

だが結果は白。

その日から、僕の彼女に対する接し方は一変する。僕は彼女と会う約束を取り付けた。そして、探偵社に調査を依頼した事を正直に話した。責められると思ったが、なんと彼女も一連の状況に疑問を抱き、僕と同じ行動を取っていたのだった。

これを機に二人は急速に親しくなった。ただギリギリ恋人と呼べるような関係どまりで、それ以上の進展はほとんどない。それは僕と彼女がともに淡白な性格である事が原因であった。だがそんな二人に思わぬ転機が訪れる。

彼女の親と僕の親が、二人の交際に猛反対し始めたのだ。理由は納得の行くような行かないような屁理屈ともいえる内容だったものの、まぁ、こういう事は相性の問題もあるので、一概に理不尽だと言い切る事は出来ない。

ドラマなのではよくある話だが、実際に直面してみると、なるほど反対されれば反対されるほど二人の恋は燃え上がった。

そしていつしか、お互いの事を”この人こそ運命の人に違いない、この人以外にはありえない”という思いで一杯になった。両親に何度かの説得を試みたあと、これはもう駄目だと判断した僕たちは、遂に両親の許しを得ずに結婚を断行する。

誰もが祝福してくれる縁組ではなかったが、僕も彼女も両親を嫌いになったわけではない。いつかは理解してくれるだろう日を夢見て新婚生活を開始した。

僕たちは運命のふたりなんだ。きっと全てが上手くいく。

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「今頃あの二人、ラブラブの新婚生活を送っているんでしょうね」

男の母親が、ソファーでくつろぐ夫にしなだれる。

「あぁ、そうだろうな。ちょっと羨ましい」

男の父親が応える。

「なんですって?」

「冗談、冗談だよ。でも万事うまく行って本当に良かったよ」

夫はいたずらっぽい目をして、隣にいる妻の方へと頭を向ける。

「そうね。最初は本当に上手くいくのか不安だったわ。あの子、誰に似たのか淡白な上にノンビリ屋さんだから、結婚なんか出来るのかしらと思っていたのに……」

妻が少し嬉しそうなため息をつく。

「ま、さすが政府の肝入りって所だろう。最初にエージェントが来た時は、半信半疑だったけどね。大変、優秀なプロジェクトだったようだ」

夫が妻の肩へ、そっと手を伸ばす。

政府肝入りのプロジェクト。

それは異次元の少子化対策の一環として、まずは国民の婚姻率を上げるというものだった。結婚に興味のない若者の親に密かに接触し、遺伝子を始めとするありとあらゆるデータを元に最適の相手を推薦する。

双方の両親が納得したところで、国家レベルであの手この手を使い、男女を結婚に導くよう様々な工作を行う。もちろん本人たちには一生知らせないし、両親にも罰則がともなう秘密契約を結ばせるのだ。

もっともバレれば子供夫婦との仲は最悪になるだろうから、両親の方でも細心の注意を払うのは言うまでもない。

「でも本当に、これで良かったのかしら」

「そりゃそうさ、二人で散々話し合った末の選択じゃないか。さっき君が言ったように、あいつはノンビリ屋だから、こういうやり方でないと結婚まで辿り着かなかったと思うよ。

まぁ、あいつが探偵まで雇った時にはヒヤリとしたけど、万事、エージェントが上手くやってくれた」

「そうね。でもまだプロジェクトは道半ばよね。この後、”両親との仲直りフェーズ”が控えていますもの」

夫婦は、勝って兜の緒を締めよとばかりに気を引き締める。

「でも一つだけ気になる事があるのよ、私。今回の一連のやり方、っていうかプロジェクトの中身なんだけど、私たちが夫婦になった時と何かとても似ていないかしら。

もしかしたら、私たちの場合も……」

夫が妻の唇にそっと指を当て、彼女の二の句を制止する。

「まぁ、僕たちは今とても幸せなんだから、それでいいじゃないか。しょせん”運命”なんて”偶然の別名”なんだからさ」

二人は手を握り合い、これから訪れるであろう息子夫婦との楽しい暮らしをあれこれと語りあった。
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