二人の娘

大学の食堂でうどんを食べる。
携帯を見ると、母から（今日雨予報だよ。傘持って家出た？）と連絡がきていた。

講義が終わり、最寄り駅に向かう。
携帯を見ると、母から（終わった？）と連絡がきていた。

サークルの飲み会が終盤になり、二次会の流れになり始める。
携帯を見ると、母から（何時に終わるの？）と連絡がきていた。

私は親に愛されていると思う。自分を大切に想ってくれる親が大好きだ。
でも、私の親は変わっているとも思う。親バカで、少し束縛気質があって、子離れができていない。
私は22年間生きてきて、彼氏ができたことも夜遊びをしたことも終電を逃したこともない。
流石に私みたいな馬鹿でもわかる。その理由は親である、と。

Aちゃんには彼氏がいる。Bちゃんは、この前カラオケでオールしたと言っていた。Cちゃんは、終電を逃して友達の家に泊まったと言っていた。
ああ、いいな。私も、そんな大学生になりたい。

私は今年で22歳になる。バイトもしてるし、お酒も飲めるし、大学も卒業する。誰が見ても、もう子どもじゃない。
親にとって子どもはいつまでも子どもだって言うけど、そんなの知ったこっちゃない。
私は私で、私の人生は私のためにある。親とはいえ、とやかく言われる筋合いはない。
でも、可愛い娘を心配する気持ちもわかる。世の中はいい人ばかりじゃないし、連れ去られたら最後なのも知ってる。
でもさ、少しくらい信じてくれてもいいじゃん。このままじゃお嫁にも行けないよ。親はそれでもいいとか思ってるかもしれないけど。最後に一人になるのは私だよ。

だから、私は意を決して一人暮らしをすることにした。
もちろん親に束縛されるのが嫌だから、ではない。いや、少しはあるかもしれないけど。
就職先とか、諸々ちゃんと考えた上で決めた。
親のことは嫌いな部分もあるけどやっぱり好きだし、この二人の娘でよかったという気持ちに嘘はない。親が嫌いで好きなのは、どこの家族も同じだと思うし。

でもね、いつまでも親のそばにいたら自分が成長できない気がするの。
料理とか掃除とか洗濯とか覚えるのは結婚してからでも大丈夫だよって言うけど、私が結婚できる保証はどこにあるの？そしてそれはいつになるの？
待ってても王子様はやってこないし、料理だってできるようにならない。
タイミング、とかそのうち、とかそんな日は一生やってこないから。
私は思い立ったら即行動したい。悩むくらいなら挑戦してみたい。挑戦してから悩みたい。
やらずに後悔するくらいなら、やってから後悔したい。この先は自分の意思で、自分の人生を歩みたい。
若いうちに苦しみたいの。できれば苦しみたくなんかないけど、苦しむことが必要ならば今、苦しんでおきたいの。
よくないことが起きても、自分の力で立ち直れなかったら、それこそ私はダメになってしまう。

私が一人暮らしするって言ったらどんな反応するんだろう。やっぱり寂しいよな。
ところが、実際は違った。親は反対しなかった。私が一人暮らしすることを受け入れてくれた。
信じられなかった。絶対反対されると思ってた。万が一反対されなくても、数日に分けて話し合う必要があると思ってた。でも、私にはわかってたよ。寂しいっていう気持ちが二人から滲み出てたこと。
父が寂しくなるね、って母に伝えてたこと知ってるよ。
出かけるたびに母から連絡がきていたのは、父が心配してうるさいからだってことも知ってるよ。
二人がいなくても困らないように、母が入念に準備してくれてたことも知ってるよ。
全部、知ってるよ。だって二人の娘だもん。

お別れの日、二人は笑顔で見送ってくれた。しんみりしないように、冗談でも言いながら。
私もそれに応えるために笑顔で手を振った。そして二人の姿が見えなくなってから、泣いた。
おかしいな。一人暮らしってこんなに寂しいものだっけ。
一人暮らししてる友達は、何にも縛られなくて幸せだって言ってたんだけど。

そこでようやく気づいた。
親が子離れできていないんじゃない。私が親離れできていなかったんだ。
こんなはずじゃなかったんだけどな。念願の一人暮らしだよ。嬉し泣きならわかるけど。
ちっとも嬉しくなかった。寂しい、家に帰りたい。二人に会いたい。

泣き疲れていつの間にか眠っていた。
眠ると頭が整理されてスッキリするってよくいうけど、本当だった。さっきより落ち着いてる。
泣くのは、今日で終わりにしよう。永遠に会えなくなるわけじゃないし。
きっと、親離れする日は私が望んでいなくてもいずれ訪れていたんだよね。
その日がたまたま今日だっただけだ。だから、どんなに寂しくても乗り越えなければならない。
でも大丈夫。止まない雨はないってよく言うじゃん。

何より、二人の娘だもん。なんとかなるさ。