文字数 2,000文字

「や、なんか、無理んなった。お前、クラスの女子とかに嫌われてんでしょ? 嫌われてる女と付き合うのとか、キツいし」
1ヶ月付き合った男にそう言われて、あたしは突然フラれた。 はぁ!? と憤慨した頃には奴はもう背を向けていやがって、あたしは手に持っていた缶ジュースを奴の頭目掛けてぶん投げる。コーン。うん、良い音。

嫌われてるからとかって、何? いや、事実嫌われてんだけどさ。ぶりっ子とかウザいとかイタイとか。でもそれはあたしが彼を好きだったことにも、彼があたしを好きだったことにも、関係なくない?
「そもそもあいつ、本当にあたしのこと好きだったんかな……」
自宅前の駐車場に寝転んで夜空を眺め、センチメントを決め込んでいたあたしは、そう呟いた瞬間じわじわと、しかし猛烈に腹が立ってきた。
「周りの意見に左右されるとか自分持ってねーんか!カス!死ね!」
「うわ、元気そうじゃん。咲」
あたしが咆哮していると、頭上からハスキーな声が降ってくる。目線を動かすと、あたしの唯一の友・光がこちらを見下ろしていた。
「メール見たよ、カスやん、相手」
「そうなんだよ!」
しゃがんでくれた光に抱きついて、あたしは元彼の悪口を捲し立てる。あんな奴とは別れて正解だ、と自分に言い聞かせるみたいに。でも何故だか、涙が溢れてきて、止まらなかった。
「爆泣きのとこ悪いんだけど、そんなクズのどこがいいの?」
「良いところもあったんだよ!」
「例えば?」
「泥団子をすごく綺麗に作れたり」
「ガキか」
「逆上がりを何回も連続でできたり」
「だから、ガキかよ!」
それでも好きだったの! あたしが喚くと、光は露骨に白けた顔をしたから、思い切り抱きついてやった。二人して冷たいコンクリートにべしゃりと崩れる。
「明日教室入るの、気が重い」
ため息と一緒に重苦しい想像を吐き出す。クラスの子はみんなあたしを無視したり、嫌な態度を取る。彼と別れたことをネタに、嫌な空気は一層増すだろうなぁと思うと、胃がシクシク痛む。
「昼は私のクラス来たらええよ」
光があたしの肩をぽんと叩いた。頷こうとすると、突如眩しいライトに照らされて、二人して振り向く。
「ちょ、何してんの。轢くんだけど」車から顔を出したお姉ちゃんが呆れた顔で文句を言ってきた。
「お姉ちゃ〜ん!聞いてよおお」
「聞いてやってよ、こいつが絶望的に見る目がないって話を」
バック駐車に集中するお姉ちゃんに一方的に事の顛末を話す。車を降りたお姉ちゃんはあたしと光を見下ろして、疲れた顔で
「いやさ、男どうこうよりも……そんなことで黄昏れるあんたも、付き合ってくれる光も、なんていうか、すげー、まぶしい……」
いいねえ、学生。と一人呟き、お姉ちゃんは家の中に入って行った。
「なんだありゃ」
「さあね、疲れてんだよ、大人は」
「あ、光、今日泊まってく?」
「泊まってくー」
疲れた大人に続いて、あたしたちも玄関をくぐる。



ガシャン、ゴシャン、と何かが破壊される音とともに、母の金切り声が聞こえてきて、私は「お、今日も始まったか」と見物客みたいなことを思った。今日は一体何がお気に召さなかったのか考えていると、「光!」と名前を呼ばれる。仕方なく物が散乱するリビングに顔を出すと、ゴミ部屋の真ん中で母親が怒鳴り声をあげていた。私のスカートの丈が短いのが気に食わないらしい。膝が隠れるくらいの丈なのだが、それでも彼女は納得がいかないようだ。きっと咲を見たら失神してしまうだろう。
はいはいと頷きながらスカートをずり下げたら、その態度が母の逆鱗に触れたようで劣化の如く怒り出した。すると、てっきり家にいないと思っていた父が起きてきて「うるせえ!」と怒鳴り声をあげる。
あーヤバいと思った時には父の姿が目の前に迫っていて、グーで脇腹を殴られる。一瞬、呼吸が止まる。
べたついた床に倒れ込んで鈍痛に耐えていた時、携帯が震えた。咲からのメールだった。ナイスタイミング。
「友達が危篤らしいから、ちょっと出かけます」
ぎゃーぎゃー怒ってる大人二人から逃れ、私は咲の家まで走った。咲がまた男にフラれたらしい。私はメールを読み、ため息に似た笑いをもらした。脇腹がずきんと痛む。咲はいつも一生懸命で、楽しくて、一緒にいると私も楽しくなれる。だから私は咲が好きだ。
咲の家について話を聞いていたら泊まることになったから、私は家からの着信を知らせ続ける携帯の電源を落とした。

翌朝、私たちは咲の家の前で解散することにした。咲は学校に、私は家に向かうためだ。
「あー、行きたくないなぁ。光も一緒に学校行こうよ」
咲が憂鬱げにごねる。しかし私は「いや、私は私の戦いに挑むんでね」とその誘いを断る。
「そうなの?」
「そうなの」
「そっか、じゃあ、健闘を祈る!」
咲が笑顔で親指を立てた。
朝の日差しを受けた咲と私は、気だるさを抱えて真逆の方向へと歩き出す。16歳、春、私たちは今日もそれぞれの戦場へ向かった。
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