第1話

文字数 1,391文字

 もう貯金も底をついた。この流行のウィルスで世の中大騒ぎで、仕事もクビになった。
「どうしよう……」
 わたしはバイトの求人サイトをはしごして、不安にさいなまれていた。
 メールの受信音がふいになった。お母さんからだ。帰ってきたら? とのことだった。考えていたけれどやっぱりその流れか……。でも彼氏が東京にいる。多分反対する。最近素っ気ないし浮気でもしてるっぽい。ばれてないと思っているんだろう。バカだなあ、あいつ……。まだ繋がっていようと思って、連絡先は持っている。
 実家に帰ろうとの連絡に返信。うにゃうにゃ言ってるので、直接会って話すことにした。

 十二月。もうそろそろクリスマスという時期に、コーヒーショップで彼氏と席に着いた。彼はブラック。わたしはラテ。いつもの注文だ。
「帰るんだって?」
 いくつか会話したのちに、彼が切り出す。
「うん」
 静かにブラックを口に運ぶ。つられてわたしもラテを飲む。
「遠距離か……持つかな」
「無理でしょ」
「ああ」
 少しの沈黙。
「じゃあそういう事で」
 わたしは半場強引に話をつける。
「もう少し待ってくれ。一緒に行けるかも知れないから」
「わたし、好きな人できたから」
「!」
 彼は面食らって、固まった。
「そうか……分かった……」
 しばらく会話を交わして、わたし達は反対方向へと帰っていった。

 実家に着いたわたしは、ある程度の生活できる荷物を入れたキャリーバックを開けて、中身を出した。洋服、歯ブラシ、化粧品、あれやこれや。
 ふと柱を見ると、日めくりカレンダーがかかっている。古っ。まだあったんだこういうの。
「まだあれなの。カレンダー」
 昼食の支度をする母に尋ねた。
「ああ、あれ? おばあちゃんがね頑なに譲らないのよ」
「ふーん」
 そんな話を聞きつけたのか、おばあちゃんが台所にやってきた。
「あらあら、帰ったのね。ゆっくりしていってね。おじいさんはまだ畑仕事が終わらないのよ」
 わたしと母は顔を見合わせる。
「あら、今日はなに?」
「いつもの煮物だよ」
 とわたし。
「ああ、好きなのよあれ。いっぱい食べてね」
 そう言うとおばあちゃんは台所から出て行った。
 ふう、と母がため息をついた。
「結構進んでるね」
「そうなのよ。肺も悪いみたいなの」
「ああ」
 もうおばあちゃんはいい歳だからしかたない。

 次の朝。日めくりカレンダーをめくった。もうすぐ年が明ける。あいつは彼女とよろしくやっているだろう。気づけばあいつの誕生日だった。今日やぶくのが楽しみだ。ざまーみろ。
布団を畳んでいると、ドタバタと廊下に足音が響く。
「おばあちゃんが!!」
 わたしの心臓がきゅっと締め付けられた。
「今行く!!」

 おばあちゃんが運び込まれている病院へ母と父とわたしで駆け付けた。医者の話だと、体力的にもう無理らしい。色々病気も持っていたから。
 わたし達は、おばあちゃんが入っている病室の、ベッドのわきに座った。
「いるのね」
 おばあちゃんが弱った声色でいった。
「いるよ」
 わたしはおばあちゃんの手を握った。
「時間はね。戻ってこないのよ。ちゃんと日めくりカレンダーめくるのよ」
「わかったよ。おばあちゃん」

 年末の葬儀は身内だけでひっそり行った。いい顔していたとみんな泣きながら見送った。
 今日は大みそか。除夜の鐘が鳴り響く。最後の鐘の音を聞き、
 日めくりカレンダーをやぶりとる。
 来年はいい年でありますように。
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