第1話
文字数 1,077文字
カリカリ、カリカリ……
暗闇にポツンと照らし出された机上で、それ が擦れる特徴的な音だけが、木霊のように繰り返し繰り返し響く。
当の私はヘッドホンで耳を覆っているので、その音は聴こえていないのだが、カリカリ鳴らす感触だけは右手から伝わって来ていて、さながらドラマーの叩くハットのようなリズミカルな音を刻み続ける。覆われた耳の内に反響するロック歌手の伸び行く歌声に合わせて、そのハットは更に勢いを増して行く。
──このところ、誰かと会話した記憶がない。
他人という境界を敏感に感じ取ってしまう性格上、人との関わりをどうしても敬遠してしまう。だが、今のままではいけない事も重々承知している。
対人関係が苦手な反動として、私は自分自身との対話の時間を手に入れた。長い事、頭の中でこねくり回された世界への疑問や、不満や、それを避ける為の妄想、空想、幻想……そういった形のないものをカタチにしてみようと思い立ったのは、もう何年前になるだろう──そうして、私はペンを取った。
かつてこの手法を、『萬画 』と称した天才が居た。『あらゆる事象を表現でき、万人の嗜好にあい、無限大の可能性を持つメディア』だと彼は言った。それでいて、方法論としては紙の上にインクを載せているだけに過ぎない……独りで取り組むにはうってつけの方法だと思った。
だが、それは思い上がりだった。頭の中で想った情景が、右手に伝わって紙に表れるまでの間に、どうしてこうもディテールが溢れ落ちてしまうのだろう? 想い通りに描けない事で、全てを投げ出してしまいたくなる時間が幾度も訪れては、「自分を変えたい」という一心だけが、再び私にペンを取らせていた。
カリカリ、カリカリ……
時計はもうじき二十五時を示そうとしている。たった三十一頁の旅だというのに、こんなに時間が掛かってしまった。でも遠回りした分、見えた景色は豊かな色彩を持って私の人生を潤してくれた。私はこの色彩を、多くの人に届ける為にこれを描いてきたのだ。それが、私なりの“コミュニケーション”という名の旅なのだから。
最後のコマのペン入れが終わろうとしている。明日からはこれを持って出版社に自分を売り込みに行く日々となるだろう。上手く話が出来るだろうか、相手の目を見て愛想笑いが出来るだろうか、そして何より、この作品を面白いと言って貰えるだろうか……? 一抹の不安が頭を過ぎった刹那、こちらに手を差し伸べている笑顔の主人公と目が合った。
「さあ、一緒に冒険しよう──」
暗闇の中で小さな産声を上げたこの萬画 が、私を新しい旅路へと誘 ってくれるだろう。
暗闇にポツンと照らし出された机上で、
当の私はヘッドホンで耳を覆っているので、その音は聴こえていないのだが、カリカリ鳴らす感触だけは右手から伝わって来ていて、さながらドラマーの叩くハットのようなリズミカルな音を刻み続ける。覆われた耳の内に反響するロック歌手の伸び行く歌声に合わせて、そのハットは更に勢いを増して行く。
──このところ、誰かと会話した記憶がない。
他人という境界を敏感に感じ取ってしまう性格上、人との関わりをどうしても敬遠してしまう。だが、今のままではいけない事も重々承知している。
対人関係が苦手な反動として、私は自分自身との対話の時間を手に入れた。長い事、頭の中でこねくり回された世界への疑問や、不満や、それを避ける為の妄想、空想、幻想……そういった形のないものをカタチにしてみようと思い立ったのは、もう何年前になるだろう──そうして、私はペンを取った。
かつてこの手法を、『
だが、それは思い上がりだった。頭の中で想った情景が、右手に伝わって紙に表れるまでの間に、どうしてこうもディテールが溢れ落ちてしまうのだろう? 想い通りに描けない事で、全てを投げ出してしまいたくなる時間が幾度も訪れては、「自分を変えたい」という一心だけが、再び私にペンを取らせていた。
カリカリ、カリカリ……
時計はもうじき二十五時を示そうとしている。たった三十一頁の旅だというのに、こんなに時間が掛かってしまった。でも遠回りした分、見えた景色は豊かな色彩を持って私の人生を潤してくれた。私はこの色彩を、多くの人に届ける為にこれを描いてきたのだ。それが、私なりの“コミュニケーション”という名の旅なのだから。
最後のコマのペン入れが終わろうとしている。明日からはこれを持って出版社に自分を売り込みに行く日々となるだろう。上手く話が出来るだろうか、相手の目を見て愛想笑いが出来るだろうか、そして何より、この作品を面白いと言って貰えるだろうか……? 一抹の不安が頭を過ぎった刹那、こちらに手を差し伸べている笑顔の主人公と目が合った。
「さあ、一緒に冒険しよう──」
暗闇の中で小さな産声を上げたこの