第1話

文字数 2,877文字

 昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは………え、何、何ですか。おじいさんとおばあさんだけしか住んでいない理由? そんなの知りませんよ、昔話なんて細かい情報は入れないものでしょう。ええ? 息子や娘も入れろですって? 元の話ではそんな人たち居なかったでしょう、勝手に入れないでくれませんか。ええと、続きを読みますね。
 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……はい? 何でしょうか。え? おじいさんだけ過酷な山へ芝刈りに行くのはおかしい? なに言ってるんですか、川も過酷でしょうが! 役割分担をして何が悪いんですか! ……ああ、失礼しました。今の時代にね、合わせてほしいということですよね。申し訳ありません。
 そうですね……では、おじいさんとおばあさんは仲睦まじく二人で芝刈りに行き、一度家で休憩を挟んでから今度も二人仲良く川へ洗濯しに……今度は何ですか。ご老人をこき使うな? こき使っているのではなくそうやって暮らしていたってことでしょう。何もするなと言うんですか? ええ、老夫婦である必要はないですって? しかし元の話だと、桃を食べて、まあ体の諸々が元気になって赤ん坊をこさえたのですから………そんな話を子供の前でするな? それはまあ、確かにそうですが……まあ、どうせ食べないで済むのなら老夫婦である意味も無いですか。
 じゃあこうしましょう。おじいさん……じゃあなかった。あるところに住んでいた男と女は、ああ失礼。男性と女性は、ですね。とにかく、その男性と女性は仲良く芝刈りも川での洗濯も一緒にやっていました。すると川上の方からどんぶらこどんぶらこ……今度は何!? 何ですか、どんぶらこですか、どんぶらこというオノマトペが良くないとでも言うおつもりですか? ええ、違う? 男性と女性が一緒に暮らしていることがおかしい!? 何がっ!? はい、はい……性別など関係ない? 暮らしたい相手と自由に暮らすべき? ちゃんと自由に暮らしてるだろうがっ! ああ、失礼しました。でも、もうどうすれば……ああ、こうしましょう。
 ええ、気を取り直して。昔々、あるところに二人の人間が性別や年齢、国籍を問わず共に暮らし………もう慣れてきましたよ。今度は何ですか、何がご不満なんですか。誰しも二人で生きているとは限らないから、不適切だと? 独り身の事情まで知るかよ! ……いや、ええ、すみませんでした。そうですよね、決して蔑ろにしてはなりません。ここ昨今の離婚率や未婚率を視野に入れるべきでした。では、ええ、ええ、最初からまたお話しますから。
 昔々、あるところに性別も年齢も国籍も関係なく、一人の人間が住んでいました。その人は山へ程々の労力で芝を刈り、ちゃんと休憩を入れてからまた程々の無理のない労力で、川で洗濯をしていました。おーっと、洗濯と言えども洗剤の類いは使っておらず、川にとっては総合的に見てちっぽけな汚れだったので環境問題に響かない程度の洗濯をしておりました。ふう、危ない危ない……。すると、川上からどんぶらこどんぶらこという特有のオノマトペを使いながら大きな桃が流れてきました。ええ、ええ、これは昔話、いわゆるフィクションなので桃のサイズは決して市販に売っているものではありませんのでご了承くだ………また!? 今後は何ですか!? はい? 桃が川から流れてくるとシーンは子供が真似をするからやめてくれだと!? そんなもん責任もって大人が止めろ!! 大人がよぉ!! 物語にケチ付けやがって! こうやって訂正ばっかり繰り返しているもんだから、桃太郎がずっと川上から流れるのを繰り返して出てこれなくなっちゃってるでしょうが!!
 はあ!? 太郎って名前もやめろ!? なに言ってやがる、ええいこいつめ! 物語上、たまたま男だっただけなんだよ! その時代は、桃太郎って名前がしっくり来たんだよ! 現代と物語に境界線をちゃんと引け!
 ええ、もう知りませんからね。とにかく、その人は桃を拾いました。当時は所有権などありませんでしたから窃盗ではありません。無問題って訳です。桃の中身に生き物がいることを把握した上で、丁重に切って赤ちゃんを無事に救出し、偶然男の子だった上に赤ちゃん自身にも心の性別にこだわりがありませんでしたから桃太郎という名前も合意のものでした! そんでええと、次は何だっけ、もう忘れちゃったよ……ああそうだそうだ、桃太郎は成長していきましたが、その当時は鬼がね、鬼が人里を襲ってね、色々奪って鬼ヶ島に帰ってしまった訳ですよ。決して鬼側に悲しい過去や事情はありません。ありませんとも。ですからね、自ら志願して、ええ、無理やりではなくプレッシャーを背負わされた訳でもなく桃太郎は鬼退治に行くことにしたのです。そこでですね、保護者となった人は義務感ではなく自らの意志できび団子を桃太郎に作ってあげ、ちゃんと見送ってあげました。ええ、ええ、保護者ですから。ああ、そうだそうだ。桃太郎はこの時点では既に心身共に健康な成人男性でしたので、鬼退治に行くにあたって保護者同伴じゃなくても大丈夫です。ええと、ああ、もう何が何だか分からなくなってきたぞ。
 そうだな、ええ、そうしてですね、桃太郎は犬と出会いましたし、犬が自ら「桃太郎さん桃太郎さん、お腰に付けたきび団子、一つ私にくださいな」と取引を持ちかけたので、鬼ヶ島に共に行くと言う約束を取り付けて桃太郎はぁあぁぁああうるさいなあ今度は何だ!? 何ですかもう! 動物虐待だって!? 喋れる犬に対して何を言ってんだこいつらは! フィクションなんだぞこれは! こんなに言われちゃあ鬼を退治することすら出来ん! 
 え? はあ? 鬼を退治するなと!? まだ言うのかお前ら! 話し合いで解決できるなら町に降りてきた熊とも和解できるって言うのか!? 言葉を話す人間同士ですら普段から争ってるじゃねえかよ! 今だって争ってる最中だろうが!! ええ、そっちは何です? はい、そこの方。どのようなご意見でしょうか。……つまらなさそうな物語? 最後まで聞いてから判断しろよ! 聞け! ああもう………そうか、そうか、そうですか。そんなに物語が気に入らないですか。子供も大人も納得できる教育に良い昔話に改変しろって? 改変したら昔話じゃないでしょうが。……ええ、いいでしょう。好きにすればいい、そうだ、そうだ。今度はこっちが、そちら側に回ってやる。交代ですよ、交代。そこまで言うなら、そっちが正しい物語を読み聞かせてください。ただし、こっちだって読者に回る訳ですからね、先程の皆さんのように好き勝手ヤジを飛ばさせていただきますよ。へへっ、ざまあみろ、言質は取ってやったぜ。
 ええ、それでは、地球上の全員を納得させる桃太郎を書いてくださいよ。今の文字数は二千か三千くらいだったか? まあいい、せいぜい残りの文字数を駆使して素晴らしい昔話とやらを書けばいい。さあ、桃太郎のはじまりはじまり。















































































































































 
 めでたしめでたし。
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