高校時代

文字数 2,664文字

月日は流れ、(あき)君は高校一年生になりました。

(あき)君は、この街を離れてから毎年2月14日に、あの公園を訪ねています。中学一年の時に引っ越して以来、美思(みお)とは会えていません。もしかしたら、この公園で出会えるかもしれないと、遠くからこの日だけ来ていました。

最後の思い出であるブランコに乗って、数時間だけ、ここで待ち続けます。それも今回で3回目になります。しかし、偶然の出会いを期待しても、それは何時も空振りでした。あの時ことと、黙っていなくなったことを謝りたい。(あき)君は、無駄だと思いつつ、毎年ここを訪れ続けました。

(あき)君が公園を訪れると、変わっていない公園の様子に安堵します。そして、何時ものようにブランコのとこに向かうと、今日は既にブランコに乗っている人がいました。自分と同じ歳くらいの女の子だったため、どうしようかと悩みましたが、そうそうこれないこともあり、隣に座ることを決意します。

「あの〜、隣、いいですか?」

知らない人に声を掛けるのは、とても勇気が必要でした。

もし、ダメって言われたらどうしょう。
変な目で見られたらどうしよう。高校生にもなってブランコは、さすがにまずいか。(あき)君の心配と不安は尽きることがありません。

「いいですよ。空いてますから」

何とか隣に座ることは出来ましたが、高校生の男女が黙ってブランコに座っている光景は、どう見ても普通ではない気がして、(あき)君は落ち着きません。

「誰かと待ち合わせですか?」
「ええ、まあ」

少しでも会話できた事に(あき)君は、ホッとした気分になりました。

「待っても来ませんよ」
「ええ?」

(あき)君は驚きます。
何で『来ない』って言うんだろう。もしかして僕が毎年ここに来ているのを知っている? でも、そうだとしたら、何で?

(あき)君の疑問は尽きないようです。

「だって、貴方は会いたいかもしれませんが、相手はもう、貴方の事を覚えていないかもしれませんよ」

この人は僕のことを知っていると、(あき)君は思いました。何故知っているのかは分からけれど、もしかしたら美思(みお)の友達なのかもしれないと何となくそう思い、またそうであってほしいとも思いました。

「そうかもしれないけれど、それでも僕は待ちたいんだ」

「辛くて悲しい思い出も、時が経てば忘れるものですよ。それを思い出させてもいいんですか?」

(あき)君は返す言葉がありません。彼女が言うことがもっともだと思えたからです。結局、自分よがりで、自分の都合しか考えていないことになる。(あき)君は下を向いたまま。落ち込んでしまいます。

「でも、貴方がその人を待つというのなら、それは貴方の自由ですよ。お好きにどうぞ」

そう言って彼女はブランコを降りると、去って行ってしまいました。ブランコには(あき)君だけが、一人座っていました。



月日は流れ、(あき)君は高校二年生になりました。

また2月14日に、あの公園を訪ねました。今回も既にブランコに乗っている人がいるようです。

「あの〜、隣、いいですか?」
「いいですよ。空いてますから」

自分と同じ歳くらいの女の子でしたが、去年会った人とは違うようです。今度は(あき)君の方から話し掛けてみました。

「あの〜、僕、人を待ってまして。ここが待ち合わせなんです」
「そうですか」

話が続きません。
(あき)君の緊張が高まります。このまま沈黙が続いたら(あき)君は、ここにいることが出来なくなるでしょう。それほど緊張しているようです。(あき)君は思い付いたことを彼女に聞いてみます。

「あの〜、君も待ち合わせ、なのかな?」
「いいえ」

会話は速攻で終わってしまいました。
(あき)君は頭を抱えてしまいます。どうしよう、どうしようと、その事が頭の中で呪文のように繰り返しています。

「思い出って、何かをしないと出来ないですよね。それが良くても悪くても」

突然、彼女がそう言うとブランコを降り、去って行ってしまいました。ブランコには(あき)君だけが、ぽかんと座っていました。



月日は流れ、(あき)君は高校三年生になりました。

また2月14日に、あの公園を訪ねました。今回は誰もブランコに乗っていないようです。(あき)君は気兼ねなくブランコにに座る事が出来ました。

一人でブランコを前後に揺らしながら、暮れていく空を見上げます。公園には誰もいなくて、(あき)君だけです。話すことを考えることもなく気は楽なのですが、ただ時間だけが寂しく過ぎていきます。

ブランコに座っているだけなので、体が冷えてきます。誰もいない、誰にも会えない。そして、待っても彼女は来ません。約束は途切れ、面影も薄れていきます。

もう、これで最後にしよう。
(あき)君は、もう少しだけいて帰ろうと思いました。

「待った?」

声は聞こえましたが、(あき)君は気のせいだと思いました。

「ねえ、待った?」

(あき)君は振り返ります。そこに美思(みお)が立っていました。(あき)君には一目で彼女達だと分かりました。

「ごめん。僕は、僕は……」

(あき)君は、声が出ません。言いたいこと、謝りたいこと、嬉しいこと、会えなくて辛かったこと。全部がいっぺんに込み上げてきます。

「僕は、僕は……」
「これ、受け取ってくれるかな」

彼女は、小さな箱を(あき)君に差し出します。涙で霞んだ(あき)君の目には、その小さな箱も美思(みお)も、よく見えていません。

「これは…」
「あの時、渡せなかったの。随分と時間、掛かったね。ごめんね」

「僕は、僕は……謝らなくちゃいけないんだ」
「もう、いいよ」
「だって、僕は……」
「私にとっては、みんないい思い出だもん」
「僕は、僕は……」
「思い出を、ありがとうね」
「僕は、僕は……」

ヒューヒュヒュー。

一陣の冷たい風が吹いてきます。

ブランコには(あき)君が、小さな箱を持って座っていました。日は暮れ、公園の街灯が点き始めます。

(あき)君は涙を拭うと立ち上がり、公園を後にします。多分、(あき)君はこの公園には、もう来ないでしょう。なぜなら、美思(みお)に会えた気がしたから。

【おわり】
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登場人物紹介

美思《みお》

楽しい思い出をいっぱい持っています。

悲思《ひお》

少し悲しい思い出があります。

懐思《なお》

懐かしい思い出をいっぱい持っています。

顕《あき》

美思の幼馴染

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