ひとの記録

文字数 1,164文字

ある日曜の昼下がり。ごくありきたりな一軒家の一室で、夫婦がモニタごしに会話をしている。

「ねえ、お父さん。息子のことで、相談があるんだけど」

モニタに向かって、妻が語りかけた。画面の向こうには、夫の姿がうつっている。

「あの子、そろそろ仕事を辞めるとかって。どう思う」

どうやら息子について、気をもんでいるようだ。

「それは、お前が口出しすることじゃないだろう。わたしたちが決めることではないんだし」

夫は、やれやれといった様子でさとす。

「それはそうなんだけど。今後どうするのか心配で。お父さんだって気になるでしょ」

夫からの回答に、妻は少々不満げだ。

そのとき、
ガチャ。
部屋に話題の息子が入ってきた。

「ちょっと、母さんも父さんも、またケンカかい」

息子がめんどくさそうに声をかける。

「ケンカなんかしてないわよ。ところであんた、もうすぐ定年なんでしょ。どうするのこの先。今はもう年金だって、たっぷりもらえない時代なんだから」

「ちゃんと考えてるよ。たくわえだって、ある程度あるし。それにおれだって、そう遠くないうちにデータだけになるんだろうから。心配いらないよ」

息子はそう言うと、うんざりした顔で部屋を出ていった。

西暦XXXX年。
人が死ななくなってずいぶんとたった。正確にいうと、死なないというわけではない。

この時代の人々は、この世に生まれると同時に、チップを埋め込まれる。そしてそこに、見たもの、聞いたもの、しゃべったこと、考えたこと、人生の全てを記録する。

その記憶されたデータをコンピュータにつなげば、たとえ肉体が死んでも、その人がそのまま再生されるという仕組み。

もちろん本人は亡くなっている。それでもチップを接続していれば、大事な家族が死ぬことはない。遺族たちにとっては、モニタごしとはいえ、いつでもその人に会えるのだから、うれしいかぎりだ。

そんなわけで最近の家には、先祖部屋があるのが一般的である。たいていの先祖部屋には、チップを再生する装置が複数台おいてあり、故人のチップが常時接続されている。残された家族が亡くなった人物の死を納得するまで、その人は生かされるのだ。

むろんお金持ちの家ならば、大きな先祖部屋にご先祖様がずらりと何台も設置されていて、何百年も接続されている人もいる。しかし、平均的な庶民の家では、せいぜい二台が限界だろう。もちろんこの家のご先祖モニタも二台だ。

「どちらが先に切られるのかしらね。あの子が死んだら、わたしかお父さんが……」

モニタにうつる老齢の妻が不安そうにつぶやく。

「それこそ、お前が口出しすることじゃないだろう。わたしたちが決めることではないんだし」

もう一台のモニタから、同じく老齢の夫が答える。

「それはそうなんだけど……でもわたし心配で」
「あとは遺族にまかせるしかないさ。お互い覚悟だけはしておこう」

(了)
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