第1話

文字数 1,999文字

「つまり、先輩は同じ一日を繰り返していると、そういうことですね。」
 口に出して言ってみて、改めてバカバカしいと東野は思った。また、辻本先輩がおかしな事を言い出したよ。
「そういうことになるな。」と先輩は真面目な顔で肯いた。「俺は4月1日を7回繰り返している。」
 エイプリルフールの嘘としては、出来が悪すぎると東野は思った。
「詳しく話してやろう、お前にこうして話すのも5回目だから面倒くさいんだが。」と先輩は言った。
 そんなこと知らねえし、と東野は思ったが、黙って聞くことにした。

 4月1日の朝、激しい頭痛で先輩はいつもより早く目を覚ました。とても外出できるような状態ではない。大学は春休みでアルバイトもなかったので、再度寝た。お昼に目を覚まし、カップヌードルチリトマトを食べ、再度寝た。夕方に目を覚まし、カップヌードルチリトマトを食べ、再度寝た。
「いつもの先輩のただの休日ルーティーンじゃないですか。」と東野は文句を言った。
「待て、待て。」と先輩は言った。「いつもは夜はコンビニに弁当を買いに行く。チリトマトは1日1回と決めている。」
 知らんがな、と東野は思ったが、話の続きを聞くことにした。
 次の日、やはり頭痛がして先輩はいつもより早く目を覚ました。頭痛は昨日に比べれば、少し収まっているように感じたが、まだ痛かったので、外出はせず、一日寝ることにした。
「そして、チリトマトを二度食べた、って、いったい僕はさっきから何を聞かされているんですか。」と東野はまた文句を言った。
「その次の日、俺は重大な事に気づいた。」と東野の話を無視して先輩は続けた。
「チリトマトの数が減っていないのだ。俺はチリトマトを台所に6個常備している。それが6個のまま残っていたのだ。本来なら、一昨日2個、昨日2個食べたので、2個しか残っていないはずが、6個のまま残っていたのだ。」
「2回目の昼に気づきませんか?」
「いや、なかなか気づかんぞ。」
 先輩はテレビをつけ、今日が3回目の4月1日であることを知った。しかし、まだ頭痛は収まっていない。そこで、東野に電話をかけ、コンビニで弁当を買って来てくれるよう頼んだのだ。
「お前、毎回から揚げ弁当を買ってくるのな。」と東野の買ってきたコンビニのから揚げ弁当を食べながら、先輩は文句を言った。
「4月1日は結局何回続いているんですか?」と東野は文句を無視して尋ねた。
「7回目。お前に弁当を頼んだのは5回目だ。」
「頭痛はどうなったんです?」と東野は尋ねた。
「大分良くなった。」
「一日は繰り返されるけど、体調は良くなるんですね。」と東野は意地悪く言った。
「記憶も残っているしね。」と先輩は答えた。「そこで俺はこう考えた。このタイムループの能力は俺の免疫機能が生み出したものではないかと。」
「は?」
「つまり、俺の体はこの状態で4月2日になったら、俺の命が危険になると判断したのだ。それで俺の体を4月1日の状態のままで固定し、体の回復をしているんじゃないか。それがつまりタイムループの能力なのだ。」
「何言ってるか分からないです。」
「要するに、体調が回復したら俺も4月2日に行けるんじゃないかと思っているわけだ。」先輩はのんびりと言った。
「先輩がタイムループしている証拠はありますか?」と東野は尋ねた。「例えば、今日これから起こることを教えてください。」
「毎回、それ言うのな。だから調べておいた。」と先輩は言った。「今日はジャイアンツが勝つ。」
「…おそらく先発は菅野ですからね、僕もそう思います。」
「それも毎回言うから、点差も確認しておいた。3対2で勝つ。」
「…他には?」
「あのね、俺はずっと寝ていたんだ。今は大分良くなったから、こうしてお前と話せているけれど、4月1日の出来事は寝ていてほとんど知らないんだよ。でも俺はジャイアンツファンのお前のために、ジャイアンツ戦の結果を覚えておいたわけだ。」と先輩は偉そうに言った。
「物語ではタイムループを繰り返した人間は人間的に成長するじゃないですか。何か成長しました?」と東野は尋ねてみた。
「それは健康な人間がタイムループを繰り返した時でしょ。体調が悪い人間は寝てるだけで何も変わらんよ。」
 それは正論な気がした。健康第一ということか。

 その日の夜、東野はニュースでジャイアンツ戦の結果を知った。ジャイアンツは勝ったが、4対3だった。微妙な結果だなあと東野は思った。

 4月2日の朝、東野の携帯電話がなった。寝ぼけ眼で携帯をとると、辻本先輩からだった。
「4月2日になったぞ。体調もよくなった。」と元気な声が聞こえた。東野はうんざりした。
「知ってます。もう何回も聞きました。」
「どういうこと?お前、もしかして頭痛がするのか?」
「そうです。3回目の4月2日です。」
「…タイムループは伝染するんだなあ。」と先輩は申し訳なさそうに言った。「それじゃあ、お大事に。」



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