夏と烏と君。

文字数 737文字

烏が近くで泣いてる。

「夏だってよ。明日から。」

東京は梅雨を飛び越え夏に向け、服を着替えていた。

「暑いのは嫌いだよ。」

僕は素っ気なく答えた。

「でもさでもさ、夏っていいよね。
ずっと続きそうに見えて、終わるのが分かってて。
それでも続いて欲しいって思えるじゃん?」

彼女は眼は遠くの烏を探していた。

「確かにそうだね。夏というパッケージは嫌いじゃないよ。」

また一つ烏が泣く。

「ふふっ」

彼女は小首を傾げて笑った。

「なんだよ。変な事言った?」

僕は顔が赤くなっているのを感じる。

「ううん。何でもないよ。」

彼女の行動と言動はいつも謎だ。

続け様に彼女は聞く。

「ねえ、季節はどれが好き?春?夏?秋?それとも冬?」

僕は少し考える。

「どれも好きでも嫌いでもないよ。なんだろう、季節とか時間とかに縛られるのが苦手っていうかさ…」

彼女は微笑む。

「悪くないね。」

また一つ烏が泣く。

「強いて言うなら、今が好きだな。」

窓から梅雨の、都会特有の香りが風に運ばれてくる。

「今が続くなら。それが一番好きかな。」

今度は烏は泣かない。

「そっか。続けられるといいね。」

彼女は答える。

数秒の沈黙が数年の様に感じる。

「明日は朝から暑いのかな。」

彼女が沈黙を破り僕に聞く。

「さぁ。暑くても寒くてもいいや。」

彼女がまた、小さく微笑む。

「そうだね。」

僕達は梅雨と夏の境界線を飛び越えた。

そんな感覚に、襲われた。


「帰ろうか。」

僕は教室の壁に掛かる古びた時計を見ながら、
彼女に聞いた。

「うん。帰ろっか。」

彼女がまた、小首を傾げて微笑みながら答えた。

烏が遠くで泣いてる。
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