第1話 君と僕との10cm
文字数 2,334文字
「おっす明雄!朝からしょぼくれた顔してるなぁっ」
いつもの通学路、まだ何処か覚醒しきっていない頭を振りながら歩く僕こと飯塚 明雄 の肩を思い切り叩いたのは、同じクラスの少女、高崎 水琴 だった。
水琴は中学3年生で初めて同じクラスになって、その後は同じ高校にも通っている。
高校1年生でも同じクラスになったので、2年連続クラスメイトになったというわけ。
明るい茶色のショートヘアから受ける、快活な印象そのままの元気な子で、口調がちょっと荒っぽいけれど其れも魅力的なようで、結構モテているらしい。
クラスでも誰とでも話す明るいキャラが受けていて、人気者グループに属している子。
なのに何故か、平々凡々を絵に描いたような僕に、いつも絡んでくる。
初めて同じクラスになったときもそうだった。
3年にあがるクラス替えで、仲が良かった友達全員と別々になってしまって、クラスになじめるか不安だった僕に、いきなり話しかけてきたのが彼女だった。
さっきと同じように、いきなり肩を叩いてきたことを覚えている。
「よっ!どうしたんだよ新学期早々くらい顔をしてさぁ!」
ニカッっと笑う、顔立ちは整ってるのに気取らない少女。
彼女の第一印象はそんな感じだった。
「いや……仲が良かった友達が全員別のクラスでさ、このクラスに仲のいい人いないからちょっと……」
「そんなことで悩んでたんだ?……うーん、よし、じゃあ私が友達になってやるから」
突然言い出した言葉を、僕はすぐに理解できなかった。
「え、何言って」
「えー、だってさ、せっかく新しいクラスでのスタートなのに、初っぱなから落ち込んでたらもったいないじゃん」
戸惑う僕に、先ほどと同じように子供みたいな笑顔で答える彼女。
僕に生まれて初めて異性の友達が出来た瞬間だった。
それからは付かず離れずの良い距離感で、僕と彼女は過ごしていた。
まれに一緒に遊びに行くこともあったが、気安い男友達と遊びに出かけているみたいに過ごせた。
女の子と一緒にいるのに、これほどまでに緊張しないで済むなんて、僕は想像も出来なかった。
だから僕にとって、水琴は最高の友達だった。
そう、友達だったはずなんだ。
だけどいつからか、僕は無意識に水琴の姿を目で追うようになっていた。
誰とも飾らずに接する彼女は、もちろん異性の友達も多いのだけど、男子と楽しそうに笑っている姿を見ると、なんだかモヤモヤしてしまうし、彼女が他の友達とカラオケとか遊びに出かけた話を聞くと、胸が痛い。
そんな自分の感情の変化に僕自身も戸惑いを覚えてしまい、最近は少し彼女と距離を置いてしまう。
そんなある日のことだった。
放課後に特別することもなかった僕は、学校の中をブラブラと歩き回って時間を潰していた。
特に趣味らしい趣味もなくて、家に帰ってもすることがないから、時間を潰していただけなのだけど、そんなときに校舎裏の余り人気のない場所で僕は水琴を見つけた。
いつもの快活な彼女らしくない、沈んだ表情でぼんやりとしている。
「水琴……どうしたの?」
余りに普段と違う様子に、僕は思わず声をかけてしまった。
声をかけた直後に公開してしまったのだけども。
「ん?なんだ明雄か……いやなところみられちゃったな」
水琴は無理やり笑って、いつものような軽い口調で話そうとするけど、それは明らかにいつもとは違い何処か痛々しく感じた。
「何処からみてたんだ?」
水琴が問いかけてくる。
何処からみていたとはどういう意味か解らなくて僕は黙っていたけど、其れを水琴は違う意味に捉えたみたいで、無理に作った笑顔のまま、言葉を続ける。
「あはは……ほら私こんな性格じゃん?女の子っぽくないってさ。失礼だよねぇ、振るにしても他に言い方がさぁ」
その言葉でようやく僕は理解した。
水琴は好きな男子に告白して振られたのだと。
その理由は、彼女が最も彼女らしくあったその性格のせいだと。
「あの……水琴はそれでいいと思う。水琴がそんな明るくて気取らない性格だから、僕たちは友達になれたんだから」
上手い言葉が見つからなかったけど、僕は思ったままを告げる。
水琴の悲しそうな顔は見ていられなかったから。
またいつもみたいに笑ってほしかったから。
「あはは……何だよ明雄、あんた優しいな。」
無理に笑った表情のまま、だけど水琴は泣いていた。
彼女の頬の上を幾筋の涙が流れていた。
「友達は簡単にできるのにさ……いっつも恋だけは上手くいかないんだよね。嫌になっちゃう」
無理に笑う顔が痛々しくて、僕は水琴を抱きしめたくなったけど、必死にこらえる。
だって僕は水琴の友達だけど、彼氏じゃない。
抱きしめて優しく頭を撫でて、彼女の涙を止めてあげたいけど、僕は友達でしかないから。
「水琴の本当の良さを解ってくれる男子は、絶対にいるよ。だからその人といつか巡り会えたら良いね」
少し震える声で、僕は優しくそうかたりかける。
本当はその男子に僕がなりたいけれど、きっと水琴は僕のことを好きではない。
「明雄は良い奴だな。あんたみたいな男を好きになれたら良かったのにな」
「僕が特別優しいわけじゃないよ。友達が泣いていたら、悲しんでいたら誰だってこうする」
「そっか、友達だもんな……」
「うん、友達だから」
彼女の前に立つ。
のばしかけた手が行く先なく中を彷徨う。
抱きしめたい……だけどそれは僕の役目じゃない。
彼女の手前、僅か10cm。
この距離を飛び越えるための肩書きが欲しいけど、その肩書きは今の僕にはない。
だから僕は、そっと手を引き戻して、彼女の笑いかけることしか出来ない。
僕と彼女の間の10cmがいつか乗り越えられる日が来ることを夢に見ながら。
いつもの通学路、まだ何処か覚醒しきっていない頭を振りながら歩く僕こと
水琴は中学3年生で初めて同じクラスになって、その後は同じ高校にも通っている。
高校1年生でも同じクラスになったので、2年連続クラスメイトになったというわけ。
明るい茶色のショートヘアから受ける、快活な印象そのままの元気な子で、口調がちょっと荒っぽいけれど其れも魅力的なようで、結構モテているらしい。
クラスでも誰とでも話す明るいキャラが受けていて、人気者グループに属している子。
なのに何故か、平々凡々を絵に描いたような僕に、いつも絡んでくる。
初めて同じクラスになったときもそうだった。
3年にあがるクラス替えで、仲が良かった友達全員と別々になってしまって、クラスになじめるか不安だった僕に、いきなり話しかけてきたのが彼女だった。
さっきと同じように、いきなり肩を叩いてきたことを覚えている。
「よっ!どうしたんだよ新学期早々くらい顔をしてさぁ!」
ニカッっと笑う、顔立ちは整ってるのに気取らない少女。
彼女の第一印象はそんな感じだった。
「いや……仲が良かった友達が全員別のクラスでさ、このクラスに仲のいい人いないからちょっと……」
「そんなことで悩んでたんだ?……うーん、よし、じゃあ私が友達になってやるから」
突然言い出した言葉を、僕はすぐに理解できなかった。
「え、何言って」
「えー、だってさ、せっかく新しいクラスでのスタートなのに、初っぱなから落ち込んでたらもったいないじゃん」
戸惑う僕に、先ほどと同じように子供みたいな笑顔で答える彼女。
僕に生まれて初めて異性の友達が出来た瞬間だった。
それからは付かず離れずの良い距離感で、僕と彼女は過ごしていた。
まれに一緒に遊びに行くこともあったが、気安い男友達と遊びに出かけているみたいに過ごせた。
女の子と一緒にいるのに、これほどまでに緊張しないで済むなんて、僕は想像も出来なかった。
だから僕にとって、水琴は最高の友達だった。
そう、友達だったはずなんだ。
だけどいつからか、僕は無意識に水琴の姿を目で追うようになっていた。
誰とも飾らずに接する彼女は、もちろん異性の友達も多いのだけど、男子と楽しそうに笑っている姿を見ると、なんだかモヤモヤしてしまうし、彼女が他の友達とカラオケとか遊びに出かけた話を聞くと、胸が痛い。
そんな自分の感情の変化に僕自身も戸惑いを覚えてしまい、最近は少し彼女と距離を置いてしまう。
そんなある日のことだった。
放課後に特別することもなかった僕は、学校の中をブラブラと歩き回って時間を潰していた。
特に趣味らしい趣味もなくて、家に帰ってもすることがないから、時間を潰していただけなのだけど、そんなときに校舎裏の余り人気のない場所で僕は水琴を見つけた。
いつもの快活な彼女らしくない、沈んだ表情でぼんやりとしている。
「水琴……どうしたの?」
余りに普段と違う様子に、僕は思わず声をかけてしまった。
声をかけた直後に公開してしまったのだけども。
「ん?なんだ明雄か……いやなところみられちゃったな」
水琴は無理やり笑って、いつものような軽い口調で話そうとするけど、それは明らかにいつもとは違い何処か痛々しく感じた。
「何処からみてたんだ?」
水琴が問いかけてくる。
何処からみていたとはどういう意味か解らなくて僕は黙っていたけど、其れを水琴は違う意味に捉えたみたいで、無理に作った笑顔のまま、言葉を続ける。
「あはは……ほら私こんな性格じゃん?女の子っぽくないってさ。失礼だよねぇ、振るにしても他に言い方がさぁ」
その言葉でようやく僕は理解した。
水琴は好きな男子に告白して振られたのだと。
その理由は、彼女が最も彼女らしくあったその性格のせいだと。
「あの……水琴はそれでいいと思う。水琴がそんな明るくて気取らない性格だから、僕たちは友達になれたんだから」
上手い言葉が見つからなかったけど、僕は思ったままを告げる。
水琴の悲しそうな顔は見ていられなかったから。
またいつもみたいに笑ってほしかったから。
「あはは……何だよ明雄、あんた優しいな。」
無理に笑った表情のまま、だけど水琴は泣いていた。
彼女の頬の上を幾筋の涙が流れていた。
「友達は簡単にできるのにさ……いっつも恋だけは上手くいかないんだよね。嫌になっちゃう」
無理に笑う顔が痛々しくて、僕は水琴を抱きしめたくなったけど、必死にこらえる。
だって僕は水琴の友達だけど、彼氏じゃない。
抱きしめて優しく頭を撫でて、彼女の涙を止めてあげたいけど、僕は友達でしかないから。
「水琴の本当の良さを解ってくれる男子は、絶対にいるよ。だからその人といつか巡り会えたら良いね」
少し震える声で、僕は優しくそうかたりかける。
本当はその男子に僕がなりたいけれど、きっと水琴は僕のことを好きではない。
「明雄は良い奴だな。あんたみたいな男を好きになれたら良かったのにな」
「僕が特別優しいわけじゃないよ。友達が泣いていたら、悲しんでいたら誰だってこうする」
「そっか、友達だもんな……」
「うん、友達だから」
彼女の前に立つ。
のばしかけた手が行く先なく中を彷徨う。
抱きしめたい……だけどそれは僕の役目じゃない。
彼女の手前、僅か10cm。
この距離を飛び越えるための肩書きが欲しいけど、その肩書きは今の僕にはない。
だから僕は、そっと手を引き戻して、彼女の笑いかけることしか出来ない。
僕と彼女の間の10cmがいつか乗り越えられる日が来ることを夢に見ながら。