第1話
文字数 1,086文字
こぢんまりとした静かな居酒屋で、新鮮な魚と日本酒を楽しんだ後、離れがたく感じた成海 と寛人 はホテルの最上階にあるバーに移動した。窓に向かってしつらえられたカウンターに並んで座る。最上階から見下ろす街の瞬きは美しく、二人は自然とため息をもらす。
「見て、あそこ。さっきいたお店」
成海にそう言われて寛人は、成海の指す指の先でなく、成海の横顔を見る。
「どこ?」
「あそこよ。ほら今バイクが出て来た角の隣の隣」
寛人は水族館で水槽を眺める子どものように、くるくると瞳を動かす成海の様子に釘付けになる。
「かわいいな」
「うん、あの玄関のつくりがいいよね」
そこで初めて寛人が窓の外ではなく、自分の方を見ていることに気づいた成海は驚いて寛人の方を向き、頬を膨らませた。
「見てないじゃん」
「見てたよ。かわいい」
「んーもう」
成海は寛人を睨みつける。寛人を視界に捕えたら最後、成海は引き込まれて目が離せなくなるのだが、見られることを好まない寛人はそれを許さなかった。日頃の仕返しとばかりに、成海は寛人から目を逸らさない。寛人の三白眼気味の瞳の方が先に動いた。
「見んなよ」
二人の間に置かれたキャンドルの、チラチラと揺れる炎が寛人の瞳に映る。いつまでも見ていたい欲を手懐け、成海はまた窓の外を向く。
なんとなく二人は黙り込んだ。やがてお酒が運ばれて来て、二人は乾杯する。よくわからない、と自身が投げた匙を拾うようにして寛人が選んでくれたカクテルを口に含み、成海は目を丸くする。
「おいしい」
「だろ?」
「うん、こういうのが飲みたかった」
「度数も低めだから」
「さすが、わかってる」
飲むことは好きなくせに、後から頭痛がやって来る成海のことを考えての、寛人の思いやりだった。お互い照れ隠しで装った不機嫌もすぐに治まり、夜景を前に二人の背後には、あたたかな時間が流れていった。
✳︎✳︎✳︎
休日前のゆるやかな空白、二人は終電をやり過ごすことにする。
「このホテルで部屋をとろう」
寛人の提案で一室を押さえた二人は、バーをあとにして部屋に入る。
「大変お手数なんだけど」
寛人が切り出す。
「確認」
「なに?」
「オレはしたいけど、セックスする?」
成海は寛人の方に向き直り、覗き込むようにして寛人を見上げた。
「うん、しよう。私もしたい」
抱きつかれ、寛人が優しく成海を受け止める。寛人は成海に顔を近づける。触れ合うすんでのところで動きを止めた寛人のくちびるに、成海は目をつむり、そっと自分のくちびるを重ねた。
安心して、満たされたみだりがましい二人の吐く息が、部屋を埋め尽くす。夜は更けてその密度を一層濃くし、暗がりの中眩しく輝きを増した。
「見て、あそこ。さっきいたお店」
成海にそう言われて寛人は、成海の指す指の先でなく、成海の横顔を見る。
「どこ?」
「あそこよ。ほら今バイクが出て来た角の隣の隣」
寛人は水族館で水槽を眺める子どものように、くるくると瞳を動かす成海の様子に釘付けになる。
「かわいいな」
「うん、あの玄関のつくりがいいよね」
そこで初めて寛人が窓の外ではなく、自分の方を見ていることに気づいた成海は驚いて寛人の方を向き、頬を膨らませた。
「見てないじゃん」
「見てたよ。かわいい」
「んーもう」
成海は寛人を睨みつける。寛人を視界に捕えたら最後、成海は引き込まれて目が離せなくなるのだが、見られることを好まない寛人はそれを許さなかった。日頃の仕返しとばかりに、成海は寛人から目を逸らさない。寛人の三白眼気味の瞳の方が先に動いた。
「見んなよ」
二人の間に置かれたキャンドルの、チラチラと揺れる炎が寛人の瞳に映る。いつまでも見ていたい欲を手懐け、成海はまた窓の外を向く。
なんとなく二人は黙り込んだ。やがてお酒が運ばれて来て、二人は乾杯する。よくわからない、と自身が投げた匙を拾うようにして寛人が選んでくれたカクテルを口に含み、成海は目を丸くする。
「おいしい」
「だろ?」
「うん、こういうのが飲みたかった」
「度数も低めだから」
「さすが、わかってる」
飲むことは好きなくせに、後から頭痛がやって来る成海のことを考えての、寛人の思いやりだった。お互い照れ隠しで装った不機嫌もすぐに治まり、夜景を前に二人の背後には、あたたかな時間が流れていった。
✳︎✳︎✳︎
休日前のゆるやかな空白、二人は終電をやり過ごすことにする。
「このホテルで部屋をとろう」
寛人の提案で一室を押さえた二人は、バーをあとにして部屋に入る。
「大変お手数なんだけど」
寛人が切り出す。
「確認」
「なに?」
「オレはしたいけど、セックスする?」
成海は寛人の方に向き直り、覗き込むようにして寛人を見上げた。
「うん、しよう。私もしたい」
抱きつかれ、寛人が優しく成海を受け止める。寛人は成海に顔を近づける。触れ合うすんでのところで動きを止めた寛人のくちびるに、成海は目をつむり、そっと自分のくちびるを重ねた。
安心して、満たされたみだりがましい二人の吐く息が、部屋を埋め尽くす。夜は更けてその密度を一層濃くし、暗がりの中眩しく輝きを増した。