第5話 ロボットの墓場

文字数 5,381文字

 東元と電話で話をしてから 、3週間が経とうとしていた。

あれから、連絡が来ないことから考えると、

東元は、フォルダーの内容にさほど関心がなかったようだ。
 
「社長。去年、完成したロボット部品工場の視察に行きませんか? 」

  磯屋が、ため息を連発する今川を見兼ねて外へ誘い出した。
 
「そう言えば、完成してから、1度も視察していなかった。

今のところ、順調にいっているようだが、

たまには、下請けの現場の声を生で聞くのも悪くはないな」
  
 今川が答えた。

 「ゼウスニア」には、優秀なスタッフがそろっているが、

ロボット製作に必要なパーツの生産は、下請け工場に任せていた。
 
 工場のあるC県に入った時だった。
 
「社長。今、何を考えていましたか? 」
  
 磯屋が、今川の顔をのぞき込むようにして訊ねた。
  
「別に何も」
 
 今川は何でもない風をよそおったが、

本当は、数日前から、MIMIの様子がどこか変なことが気になっていた。

ヒューマノイドに感情がないことは、頭ではわかっているつもりだが、

毎日、一緒にいると、人間みたいに感じることがある。

必要なデータは取れたし、MIMIとの同居生活も、そろそろ潮時かもしれない。

これ以上、一緒にいたらおかしな感情が芽生えそうだ。
  
「時々、社長が、何をお考えなのかわからなくなる時があります」
 
 磯屋が静かに告げた。
 
「何だよ、いきなり」
  
 今川が言った。

 何を考えているのかわからないと言われて、何と答えたら良いのか困った。
  
「たとえば、試作品のヒューマノイドを自宅に置くとか。

社長自ら、実験台にならずとも良いのではないかと思うのですが‥‥ 」
  
 磯屋が言った。

 磯屋の言う通り、社長自らしゃしゃり出ることはない。

しかし、今回ばかりは、ゆずれなかった。

どうしても、自分で試したかった。
  
「なんだ、何か不満でもあるのか? 」
 
 今川が訊ねた。

 磯屋が面と向かって、意見してくるなんてめったにない。

今川は動揺した。
  
「めっそうもありません。

自分は、社長のことが心配なだけです。

社長がますます、人間離れしてしまうのではないかと気が気でなりません」
  
 磯屋が言った。

人間離れと聞いて、今川はグサッときた。

最近、イライラしているのは、仕事が忙しいせいではない。

MIMIと接している時の感情が、何なのかわからなかったからだ。
 
「MIMIは、私のデータに基づいてプログラミングされているから、

私の欲求を察知して行動する。

人間のように、相手を思いやる必要がなくなる。

それが、いつしか、心地良くなっていたのかもしれない」
  
 今川が素直に言った。

人間らしい感情を捨てたら、残るのは野生的な欲望しかない。

それはある意味人間離れしたことと同じだ。
  
「まさにおっしゃる通りです。自分も、その点が気になったのです。

MIMIが完成した時は、

完璧なヒューマノイドが出来たと思ったのですが浅はかでした。

何でも言う通りになるなんて、よく考えたら、気持ちが悪いし不自然です」
  
 磯屋が、明るい声で言った。
  
「それより、工場らしき建物が全然、見えて来ないじゃないか?

 道はあっているのだろうな? 」
  
 今川は、それとなく話題を変えた。
 
「はい。大丈夫だと思います」
  
 磯屋が言った。
  
「おい、雨まで降って来そうだぜ。本当に、大丈夫なのだろうな? 」
  
 今川が言った。

突然、空に、黒い雲が押し寄せて辺りが暗くなってきた。

 今川は昔から、雨が降る前のどんよりとした雰囲気が好きではない。

うっすら記憶に残る孤児院に連れられた時のことを思い出すからだ。

あの時は、心細くて哀しかったことを覚えている。
     
「心配なさらずとも、そのうち着きますから」
  
 磯屋が言った。
  
「本当に、この道で間違えないか? 」
  
 今川は再度、念を押した。

どう考えても、山に登っているようにしか思えない。

「はい」
  
 磯屋が前を向いたまま返事した。
  
「こんな場所に、工場なんて本当にあるのか? 」
  
 今川が車窓を眺めながら言った。

どこからともなく、カッコウが鳴く声が聞こえた。

のどかな雰囲気がした。
  
「あれじゃないですか? 」
  
 磯屋が前方を指差して言った。

磯屋の指差す方向に、工場のえんとつが見えた。
  
「良かった。道に迷ったのかと思ったぜ」
  
 今川が言った。
  
「あれは、何でしょうか? 」
  
 磯屋が、何かに気づいて声を上げた。
  
「もしかして、山火事か? 」
  
 今川は、工場の手前の森の上に

黒煙が立ち昇っていることに気づいた。
  
「引き返しますか? 」
  
 磯屋が訊ねた。
  
「いいや。このまま放置したら、山火事になる。

見過ごすわけにはいかない。確かめに行こう」
  
 今川は慣れた手つきで、

トランクの中からヘルメットを取り出した。
 
「社長に、もしものことがあったら大変です。

自分が見て来ます」
  
 磯屋があわてて、今川を引き止めた。
  
「私が行く。10分経っても戻って来なかったら通報してくれ」
  
 今川は急いで、森の中へ入った。
  
 火災現場に到着すると、出火元と思われる穴の底から黒煙が立ち込めていた。

おそるおそる穴の底をのぞくと、幾重にも、折り重なった

鉄くずが勢い良く燃え盛っているのが見えた。

辺りには、有毒ガスが立ち込めており、

1秒たりとも、とどまっていたくないと思った。

急いで、引き返そうとした矢先、どこからともなく、か細い声が聞こえた。

周囲を見回したが、それらしき人影は、どこにも見当たらなかったことから、

空耳かと思い、急いでその場から立ち去った。
  
「どうでしたか? 」
  
 森を出た途端、磯屋が駆け寄って来て訊ねた。
  
「出火元は、森の奥に掘られていた穴の中だ。

穴の中に、産業廃棄物が不法投棄されていた。

おそらく、取り外し忘れたバッテリーが、自然発火したのだろう。

早く消さないと、周囲に燃え移るおそれがある」
  
 今川が答えた。
  
 通報から数分後。

消防車が現場に到着して消火活動が行われた。

その後、死傷者を出さず、無事に30分後に鎮火した。

しかし、周辺に有毒ガスが発生したおそれがあるとして、、

周辺住民が一時的に避難する騒ぎになった。
  
その日の午後、視察を終えて帰社すると、

オフィスが入っている高層ビルのエントランスに、取材陣が待ちかまえていた。
  
「今川社長。不法投棄された産業廃棄物が埋められていた山中で発生した

山火事の第1発見者となったそうですが、

近年、増えているロボットの不法投棄についてどうお感じですか? 」
 
 新聞記者やワイドショーのリポーターたちが、

今川たちを見つけると集まって来た。

2人は、駆けつけた警備員にガードされながら

到着したエレベーターに急いで乗り込んだ。

ドアが閉まる直前、何者かが、ドアが閉まるのを阻止して強引に乗り込んで来た。
 
「ちょっと、危ないじゃないですか」
  
 磯屋が、駆け込み乗車した人物に文句を言った。

 その人物をよく見ると、

グレーのスーツに身を包んだ大内望月だった。

今川たちに気づかれないよう、ビジネスマンに扮したらしい。
  
「介護ロボットの件は済んだはずですけど、まだ、何かあるのですか? 」
  
 今川は、大内から反射的に目を反らした。

 ただでさえ、気分が悪い時に、

神経を逆なでする天敵に会うなんてついていないと思った。
  
「介護ロボットの事故の次は、ロボットの墓場の火事ですか。

こうも偶然が重なると、気味が悪いよな」
  
 大内が皮肉った。
  
「あなたには関係ないでしょう」
  
 今川は、エレベーターが開いた途端、

大内を押しのけるようにして外に出た。

「もしかして、不法投棄されていたのが、

リサイクルにまわされるはずのロボットだということに、気づかなかったのか? 」
  
 大内が、今川の横に並ぶと訊ねた。
  
「それは本当ですか? 」
  
 今川は思わず、訊き返した。

ロボットの原型をとどめていなかったことから、

ロボットだとは気づかなかった。
   
「あの場所は、ロボットの幽霊が出ることで

有名な心霊スポットなんだ。もしかしたら、

ロボットの霊が、おたくら、2人を導いたのかもしれんぞ」
  
 大内が鼻息荒くして言った。
  
「笑わせないでください。ロボットが、幽霊になるはずがないじゃないですか? 

小さな子でもわかることだ」
  
 今川が言った。

 「大事に使ったものには、念が宿るというのを知らないのか?

幽霊騒ぎについて、不法投棄されたロボットの怨念のしわざだと分析する専門家もいる。

昔から、産業廃棄物の不法投棄は大きな社会問題とされてきた。

近年は、ロボットの不法投棄が増えて来ている」
  
 大内が真面目な顔で告げた。
  
「法の抜け道があるから、不法投棄が止まないのですよ」
  
 磯屋がため息交じりに言った。
  
「ロボットの最期まで責任を持つことこそ、

ロボットを世に出した人間の務めだと思うがね」
 
 大内が冷ややかに告げた。
  
「説教をするために、わざわざ、訪ねて来たのですか? 」
  
 今川が言った。

 説教はうんざりだと思った。

リサイクルやスクラップは、信頼出来る専門業者に依頼している。

今まで、その方法でトラブルが起きたことはない。
  
「おたくが、先日、急死したロボットクリエーターの

石川六右衛門氏について調べていると知って、

情報を持って来てやったというのに、そんなに、けむたそうにしなくても良かろう」
  
 大内が、苦笑いして言った。
  
「どんな情報ですか? 」
  
 今川が、大内に用心深く訊ねた。
  
「石川氏の遺体は、クライオニクスの団体から

派遣された人間により持ち去られたという噂がある」
  
 大内が、噂の出所とされる某スポーツ紙を見せた。
  
「クライオニクスとは、いったい、何のことですか? 」
  
 今川が、大内に詰め寄った。
  
「クライオニクスというのは、

現在の医療では、治癒困難な病気の人体を冷凍保存して、

未来の医療の進歩に託すサービスのことをいう。

日本では少ないが、アメリカやロシアなどでは、多くの著名人が登録しているらしい」
  
 大内が答えた。
  
「証拠はあるのですか? 」
 
 今川が、大内に訊ねた。

これまでの大内の発言を考えて、

信用しがたい情報だ。
   
「おたくは、石川氏のことをどこまで知っている? 」
  
 大内が訊き返した。
  
「大内弁護士。社長に、

そんなことを聞くなんて失礼ですよ」
 
 磯屋が言った。

いつになく、興奮しているように見えた。
  
「石川氏は、起業を後押しくださっただけでなく、

会社が、軌道に乗るまで資金を提供してくださった。

私が今、こうしていられるのも、あの方のおかげです。

これでも、私なりに、石川氏の人となりは、わかっているつもりです」
  
 今川が答えた。

今川は学生時代から、自分を理解して支援してくれる恩人には恵まれて来た。

 天涯孤独の身だった自分が、会社を興して成功した。

佐目教授が、今川の才能を伸ばして、

石川氏が、今川の夢を叶える手助けをした。

2人は、今川にとって大恩人なのだ。
  
「僕が、石川氏のことを調べている理由は、

石川氏が亡くなった日の夜。

石川氏の自宅周辺で、UFOの目撃情報があったからだ。

おたくとは違って、浮ついた動機のように思われるだろうが、

いたって、まじめだ」
  
 大内がきっぱりと言った。

大内は何が何でも、石川氏の死をUFOと関連づけたいらしい。

UFOの目撃情報があったというだけで、

石川氏の身辺を探るとは、正気の沙汰とは思えない。
  
「それで、何かつかんだのですか? 」
  
 今川は、オフィスのドアを開けると、大内を招き入れた。
  
「毎年、石川氏が生前、弥勒ボートという名の研究所に

多額の寄付をしていたことがわかった。

問題は、一企業のロボットクリエイターに、

おたくの会社に資金提供したり、研究所に多額の寄付が、

本当に出来たのかということだ」
  
 大内が神妙な面持ちで言った。
  
「もしかして、石川氏の懐事情を疑っているのですか? 

石川氏は、ロボットクリエーター界のマエストロと呼ばれた人物です。

一企業に籍を置く傍ら、個人的に依頼された

仕事をこなしていれば、それなりの資産を得ることは可能でしょう」
 
 今川は、疑問を打ち消そうとしながらも、

心の底には、大内の指摘はあながち、間違っていないと思った。

実は、今川自体も、ありがたいと思いつつも、

どのように、資金を工面しているのか気になっていた。

いつか聞こうと考えているうちに、石川氏が逝ってしまった。

「それと、あと、もうひとつ、気になることがある」
 
「ストップ! これ以上、社長と石川氏との間の

思い出をあなたの憶測で穢すのはやめていただけませんか? 」

 大内が何か言いかけようとしたが、磯屋がそれを制した。

「考えてもみろ。最先端の医療設備が整った総合病院の全国展開を

一企業が一任されること自体がありえない話だろうが? 

世間では、石川氏の功績が、信用材料となったと理由づけられているが、

自律型ヒューマン支援ロボットを製作している企業は他にもある。

言うなれば、おたくの会社にも、チャンスがあったはずだぜ」

 去り際、大内は、意味深な言葉を言い残すと、

磯屋の腕をすり抜けるようにしてオフィスから出て行った。
 
 






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