第1話 謎の球体
文字数 3,658文字
「ふう…… あぁあ。なんか、つまんないな」
高校からの帰り道、中山直也は道端の石ころを蹴とばした。
「なんでこう、毎日パッとしないのかなあ…… 」
16歳で高校2年生の直也は、学校から進路について考えるように宿題を出されていた。
勉強も、運動もそこそこ頑張っているし、何も不自由はない。
でも、毎日淡々と学校と家を往復する毎日に嫌気がさしていた。
部活もやっていないので、放課後はすぐに家に帰ってパソコンでゲームなどをする毎日である。
今日も1人で帰宅するところだった。
自宅までは歩いて20分ほどでつく。途中には住宅地と畑くらいしかないので、道草を食う場所もない。途中にコンビニが1件ある程度である。
いつも通っている道は、半分くらいは糸川という細い川に沿っている。その名の通り、糸のように細くて流れが速い川である。
季節は春なので、川に沿ってカラシナが咲いている。目が覚めるような黄色い花畑が伸びていた。
きれいな花を眺めながら、のんびり歩いているとカラシナのなかに白く光っているところがあるように見えた。
「ヤバいな。ゲームのやりすぎで目が疲れてかすんだかな」
瞬きを繰り返すと、その光の中に銀色の物体が見えた。
「なんだ。あれは…… 」
直也は近づいてみた。
「銀色のボールだ」
恐る恐る手を伸ばしてみた。
手を触れても大丈夫のようだ。
直径3㎝ほどで、手の中にすっぽりと収まった。
「きれいだな」
持って帰りたい衝動が起こった。
悪いことをするわけでもないのに、キョロキョロと周りを見渡して、誰もいないことを確認するとホッとした。
そのボールを鞄にしまうと、家に持ち帰った。
「ただいま」
一応いうが、誰もいない。
両親は共働きなので、夜まで1人で過ごすことが多い。
兄弟はいない。いつものように2階の自分の部屋に直行した。
さっき拾ってきたボールを机の上に置くと、鞄をしまい制服のブレザーを普段着に着替えた。
「よく見ると、不思議なつやがあるな」
鉄球のような物かと思っていたら、青や緑に部屋の風景が写り込んでいるのがわかった。
ホログラムのような感じもするが、眺めていると少しずつ色が変化しているように見えてきた。
「どんな加工がしてあるのかな…… 」
眺めているうちに興味が出てきて、パソコンで調べてみた。
「しかし、川辺で光っていたのはなぜだろう。発光していたように見えたけど。光がちょうど反射していたのかな…… 」
ふと我に返ると、進路の宿題を思い出した。
鞄から宿題のプリントを取り出した。
「将来やりたいことか…… 」
しばらく球を見つめていた。自分の顔が歪んで写り込んでいる。それが青から緑へと、そして水色へと変わっていくのがわかった。
部屋の側面にある本棚や窓のカーテンなどは淵の方に丸みを帯びて細長くなっている。
「もしかして、願いごとを叶えてくれたりして」
直也は神社で手を合わすときに、願いごとをするのはおかしいと思っている。神様に挨拶をするために手を合わせるのである。
そのついでに、願いごとをするのでは挨拶にきたというよりも願望をかなえにきたことになってしまう。
「家族が健康でありますように」というくらいならいい。「商売が繁盛しますように」とか「彼女ができますように」と神様にお願いしてどうするのだろう。
努力すればかなう願望は、自力でやればいい。神様に頼むようでは達成できやしない。
などと考えていたが、願望が頭をもたげてきた。
「彼女ができて、将来お金持ちになりますように」
と手を合わせて拝んでしまった。
「ふっ、人間は弱い生き物だな」
都合がいいように考えたものだ。人間全般ではなくて自分の弱さといい加減さだ。
「ピピピピ…… 」
翌朝、いつも通り6時に目覚まし時計が鳴った。
直也は目を覚ました。
「ううぅん。あぁ良く寝たぁ」
なぜか、背中が痛い。
「イテテテ…… 何だろう…… 」
目を開けると、天井が高い。
自分がベッドから降りて床で寝ていたことに気付いた。
「あれ? 落ちたのかな…… 」
ベッドを見ると、誰かが寝ている。
「ん? お母さん? 」
近づいて見ると違う。
直也はまだ夢の中なのかと思って周りを見まわした。
もう一度ベッドを見ると、同い年くらいの女の子が寝ていた。
すやすやと寝息を立てている。
「うわあぁ! 」
ドタドタドタ……
直也は腰を抜かして1階のリビングに駆け降りて行った。
リビングでは父がスマホを見て難しい顔をしていた。
「おはよう。直也」
「お、おはよう。ちょっと。お父さん、お客さんを連れて来るなら一言言ってよ」
「お客さん? ハハア。寝ぼけているな」
「じゃあ、お母さん? 」
キッチンでは母が朝食の支度をしていた。
「どうしたのよ。夢の話? 」
2人とも驚いたような反応をした。
本当に知らないようだ。
「俺の部屋に、女の子がいて、俺のベッ、ベッ、ベッドで寝ていて、それで、スースーと…… 俺は床で寝ていて…… 」
「ちょっと落ち着け。直也。そんなわけないだろう。顔を洗ってこい」
父はスマホのニュースの方が気になるようで、またスマホに視線を落とした。
「そうよ。朝は忙しいんだから。早く支度しなさい」
母に叱られた。
自分でも自分が信用できなくなってきた。
洗面所で顔を洗ってから、あらためて部屋を見れば冷静に見られるかもしれない。
「今日の俺はどうかしているな」
顔を洗うと、もう一度部屋に戻ってみた。
「やっぱりいるじゃないか…… 」
呆然としてドアを開けたままベッドを見つめていた。
数分そうしていたが……
「これは事件だ」
と呟くと、とりあえずスマホで写真を撮った。
夢オチにしようとする両親に、事実を突きつけるしかない。
「ほら。みてよ、父さん」
「んっ。これはどこで撮ったんだ? 」
「もう。いい加減にしてくれ。日付と時間を見てくれよ」
直也はイラ立ってきた。
「ははあ。じゃあ、上で人が寝ているんだな。わかった。わかった」
釈然としない反応だが、やっと自分の目で確かめる気になったらしい。
父は直也と一緒に2階へ上がると
コンコン。
誰もいないと思っているのにノックした。
こちらを見てニヤリと笑う。
真剣みが感じられない。
ガチャ。
ドアを開けると、父も直也と同様に固まった。
「……!? 」
「ほらね」
父は、ゆっくりと直也の方へ振り向いた。
「あの女の子と、どういう関係だ」
そうきたか、と思った。
「関係も何も、知らない人だよ」
「ウソをつけ! 何かやましいことでもあるのか」
父が怒りだした。
騒ぎを聞きつけて母もやってきた。
「ちょっといいかしら」
部屋を覗くと、母も固まった。
人間は、理解を超えた事態に対して、固まって対処するようだ。
「この状況を説明しろ」
なぜか命令口調で、イラ立って父が直也にいった。
直也は、もう嫌になってきた。
「朝起きたら俺が床で寝ていて、ベッドで知らない女の子が寝ていたんだよ」
「昨日の行動を聞いている」
父は切り口上にいった。
グズグズしていると出勤する時間になってしまうと思ったのだろう。
「昨日はリビングで3人で夕飯を食べたでしょ。そのときも、寝るときも誰もいなかったんだよ」
「それで? 」
「それでってなんだよ。何か隠してるとでもいうのかよ」
直也はどうしたら良いのかわからず、ついカッとなった。
「まあまあ。直也。もう高校生だし、交際してもいい歳なのよ。でも自分の部屋に泊めるのはちょっと…… ね」
「そうだな。家に連絡しないと。心配してるぞ。きっと」
「謝りに行くべきかしら」
「そうかも知れないな」
父と母は、直也の彼女だという結論に達していた。
彼女を泊めてしまって、素直にそのことを言えないから虚言を言っていると決め込んでいる。
「あああ! どうしたら…… どうしたら、わかってくれるんだあぁぁ! 」
ゴン!
直也は頭を搔きむしって壁に頭を打ち付けた。
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ」
「おい。落ち着け。時間もないし、一度リビングに戻って整理しよう」
3人は朝食を採りながら話した。
「じゃあ。なにか。お前は本当に知らないのか」
父はまだ疑っている。
「そうだよ。俺みたいに暗い奥手が、いきなり女の子を連れ込むと思うか! 」
やけくそ気味にいった。
「そういえば、そうね」
母は納得しつつある。
ちょっと釈然としないが。
「しかし、彼女の家では今ごろ心配して探しているんじゃないのか」
父も、こういうしかない流れになった。
「警察に届けているかもしれないわ」
「愛子。仕事は忙しいのか? 」
「急ぎの仕事はないから、私がちょっと残るわ」
「直也も、今日は学校に遅刻していけ。風邪だといえばいい」
「そうね。警察に相談しましょう。届が出ているかもしれないし」
「わかったよ…… 」
何か、大変なことになってきた。
「しかし、あの子は誰なんだろう」
困り果てた顔で、直也が言うと、
「まあ、すぐにわかるだろうさ。悪いが、後は頼むぞ」
父が出勤の支度を整えると玄関から出ていった。
高校からの帰り道、中山直也は道端の石ころを蹴とばした。
「なんでこう、毎日パッとしないのかなあ…… 」
16歳で高校2年生の直也は、学校から進路について考えるように宿題を出されていた。
勉強も、運動もそこそこ頑張っているし、何も不自由はない。
でも、毎日淡々と学校と家を往復する毎日に嫌気がさしていた。
部活もやっていないので、放課後はすぐに家に帰ってパソコンでゲームなどをする毎日である。
今日も1人で帰宅するところだった。
自宅までは歩いて20分ほどでつく。途中には住宅地と畑くらいしかないので、道草を食う場所もない。途中にコンビニが1件ある程度である。
いつも通っている道は、半分くらいは糸川という細い川に沿っている。その名の通り、糸のように細くて流れが速い川である。
季節は春なので、川に沿ってカラシナが咲いている。目が覚めるような黄色い花畑が伸びていた。
きれいな花を眺めながら、のんびり歩いているとカラシナのなかに白く光っているところがあるように見えた。
「ヤバいな。ゲームのやりすぎで目が疲れてかすんだかな」
瞬きを繰り返すと、その光の中に銀色の物体が見えた。
「なんだ。あれは…… 」
直也は近づいてみた。
「銀色のボールだ」
恐る恐る手を伸ばしてみた。
手を触れても大丈夫のようだ。
直径3㎝ほどで、手の中にすっぽりと収まった。
「きれいだな」
持って帰りたい衝動が起こった。
悪いことをするわけでもないのに、キョロキョロと周りを見渡して、誰もいないことを確認するとホッとした。
そのボールを鞄にしまうと、家に持ち帰った。
「ただいま」
一応いうが、誰もいない。
両親は共働きなので、夜まで1人で過ごすことが多い。
兄弟はいない。いつものように2階の自分の部屋に直行した。
さっき拾ってきたボールを机の上に置くと、鞄をしまい制服のブレザーを普段着に着替えた。
「よく見ると、不思議なつやがあるな」
鉄球のような物かと思っていたら、青や緑に部屋の風景が写り込んでいるのがわかった。
ホログラムのような感じもするが、眺めていると少しずつ色が変化しているように見えてきた。
「どんな加工がしてあるのかな…… 」
眺めているうちに興味が出てきて、パソコンで調べてみた。
「しかし、川辺で光っていたのはなぜだろう。発光していたように見えたけど。光がちょうど反射していたのかな…… 」
ふと我に返ると、進路の宿題を思い出した。
鞄から宿題のプリントを取り出した。
「将来やりたいことか…… 」
しばらく球を見つめていた。自分の顔が歪んで写り込んでいる。それが青から緑へと、そして水色へと変わっていくのがわかった。
部屋の側面にある本棚や窓のカーテンなどは淵の方に丸みを帯びて細長くなっている。
「もしかして、願いごとを叶えてくれたりして」
直也は神社で手を合わすときに、願いごとをするのはおかしいと思っている。神様に挨拶をするために手を合わせるのである。
そのついでに、願いごとをするのでは挨拶にきたというよりも願望をかなえにきたことになってしまう。
「家族が健康でありますように」というくらいならいい。「商売が繁盛しますように」とか「彼女ができますように」と神様にお願いしてどうするのだろう。
努力すればかなう願望は、自力でやればいい。神様に頼むようでは達成できやしない。
などと考えていたが、願望が頭をもたげてきた。
「彼女ができて、将来お金持ちになりますように」
と手を合わせて拝んでしまった。
「ふっ、人間は弱い生き物だな」
都合がいいように考えたものだ。人間全般ではなくて自分の弱さといい加減さだ。
「ピピピピ…… 」
翌朝、いつも通り6時に目覚まし時計が鳴った。
直也は目を覚ました。
「ううぅん。あぁ良く寝たぁ」
なぜか、背中が痛い。
「イテテテ…… 何だろう…… 」
目を開けると、天井が高い。
自分がベッドから降りて床で寝ていたことに気付いた。
「あれ? 落ちたのかな…… 」
ベッドを見ると、誰かが寝ている。
「ん? お母さん? 」
近づいて見ると違う。
直也はまだ夢の中なのかと思って周りを見まわした。
もう一度ベッドを見ると、同い年くらいの女の子が寝ていた。
すやすやと寝息を立てている。
「うわあぁ! 」
ドタドタドタ……
直也は腰を抜かして1階のリビングに駆け降りて行った。
リビングでは父がスマホを見て難しい顔をしていた。
「おはよう。直也」
「お、おはよう。ちょっと。お父さん、お客さんを連れて来るなら一言言ってよ」
「お客さん? ハハア。寝ぼけているな」
「じゃあ、お母さん? 」
キッチンでは母が朝食の支度をしていた。
「どうしたのよ。夢の話? 」
2人とも驚いたような反応をした。
本当に知らないようだ。
「俺の部屋に、女の子がいて、俺のベッ、ベッ、ベッドで寝ていて、それで、スースーと…… 俺は床で寝ていて…… 」
「ちょっと落ち着け。直也。そんなわけないだろう。顔を洗ってこい」
父はスマホのニュースの方が気になるようで、またスマホに視線を落とした。
「そうよ。朝は忙しいんだから。早く支度しなさい」
母に叱られた。
自分でも自分が信用できなくなってきた。
洗面所で顔を洗ってから、あらためて部屋を見れば冷静に見られるかもしれない。
「今日の俺はどうかしているな」
顔を洗うと、もう一度部屋に戻ってみた。
「やっぱりいるじゃないか…… 」
呆然としてドアを開けたままベッドを見つめていた。
数分そうしていたが……
「これは事件だ」
と呟くと、とりあえずスマホで写真を撮った。
夢オチにしようとする両親に、事実を突きつけるしかない。
「ほら。みてよ、父さん」
「んっ。これはどこで撮ったんだ? 」
「もう。いい加減にしてくれ。日付と時間を見てくれよ」
直也はイラ立ってきた。
「ははあ。じゃあ、上で人が寝ているんだな。わかった。わかった」
釈然としない反応だが、やっと自分の目で確かめる気になったらしい。
父は直也と一緒に2階へ上がると
コンコン。
誰もいないと思っているのにノックした。
こちらを見てニヤリと笑う。
真剣みが感じられない。
ガチャ。
ドアを開けると、父も直也と同様に固まった。
「……!? 」
「ほらね」
父は、ゆっくりと直也の方へ振り向いた。
「あの女の子と、どういう関係だ」
そうきたか、と思った。
「関係も何も、知らない人だよ」
「ウソをつけ! 何かやましいことでもあるのか」
父が怒りだした。
騒ぎを聞きつけて母もやってきた。
「ちょっといいかしら」
部屋を覗くと、母も固まった。
人間は、理解を超えた事態に対して、固まって対処するようだ。
「この状況を説明しろ」
なぜか命令口調で、イラ立って父が直也にいった。
直也は、もう嫌になってきた。
「朝起きたら俺が床で寝ていて、ベッドで知らない女の子が寝ていたんだよ」
「昨日の行動を聞いている」
父は切り口上にいった。
グズグズしていると出勤する時間になってしまうと思ったのだろう。
「昨日はリビングで3人で夕飯を食べたでしょ。そのときも、寝るときも誰もいなかったんだよ」
「それで? 」
「それでってなんだよ。何か隠してるとでもいうのかよ」
直也はどうしたら良いのかわからず、ついカッとなった。
「まあまあ。直也。もう高校生だし、交際してもいい歳なのよ。でも自分の部屋に泊めるのはちょっと…… ね」
「そうだな。家に連絡しないと。心配してるぞ。きっと」
「謝りに行くべきかしら」
「そうかも知れないな」
父と母は、直也の彼女だという結論に達していた。
彼女を泊めてしまって、素直にそのことを言えないから虚言を言っていると決め込んでいる。
「あああ! どうしたら…… どうしたら、わかってくれるんだあぁぁ! 」
ゴン!
直也は頭を搔きむしって壁に頭を打ち付けた。
「ちょ、ちょっと。どうしたのよ」
「おい。落ち着け。時間もないし、一度リビングに戻って整理しよう」
3人は朝食を採りながら話した。
「じゃあ。なにか。お前は本当に知らないのか」
父はまだ疑っている。
「そうだよ。俺みたいに暗い奥手が、いきなり女の子を連れ込むと思うか! 」
やけくそ気味にいった。
「そういえば、そうね」
母は納得しつつある。
ちょっと釈然としないが。
「しかし、彼女の家では今ごろ心配して探しているんじゃないのか」
父も、こういうしかない流れになった。
「警察に届けているかもしれないわ」
「愛子。仕事は忙しいのか? 」
「急ぎの仕事はないから、私がちょっと残るわ」
「直也も、今日は学校に遅刻していけ。風邪だといえばいい」
「そうね。警察に相談しましょう。届が出ているかもしれないし」
「わかったよ…… 」
何か、大変なことになってきた。
「しかし、あの子は誰なんだろう」
困り果てた顔で、直也が言うと、
「まあ、すぐにわかるだろうさ。悪いが、後は頼むぞ」
父が出勤の支度を整えると玄関から出ていった。