因縁の二人、職員食堂で出会う

文字数 2,931文字

小梅セ・ン・パ・イ!
食べてる人間の後ろから、急に声かけんな! 驚いて、海老フライを床に落とした! 海老は地球からの輸入品で、高いんだぞ。
「3秒ルール」があるから、大丈夫っすよ。
なに、それ?
食べ物を床に落としても、3秒以内に拾えばバイ菌がつくヒマがないんです。自然界の法則です。
「3秒ルール」とか言って、浩太、なんで、あんたが拾ってんの?
小梅先輩って、きれい好きそうだから、「3秒ルール」があっても拾ったものは食べたくないかなと思って。
だから、あんたが、食べるって? ノー、ダメ、あ・り・え・な・い。 海老の場合は、「3秒ルール」を「10秒ルール」に延長してもいい。拾った海老フライを、あたしの皿に戻しなさい。
じゃ、これ、海老フライをどうぞ。先輩、前に座って、いいすか?
もう座ってるじゃん。

あのさぁ、正直言わせてもらうと、あたしは、あんたの顔も見たくないんだけど。

ええ~、ボク、先輩に嫌われるようなこと、しましたか?
したわよ!あんた、『舌切り雀』成立プロジェクトの時、「雀のお宿」で親切なお爺さんに食べさせるために用意したご馳走を、全部、盗み食いしたよね。あのせいで、『舌切り雀』は不成立になりかけた。

スズメに変身するのは、全身が痛くてもの凄く辛いのに、それを我慢して頑張ったあたしの努力を台無しにしてくれるところだった。

そんなことも、あったっすね。
あのせいで、『舌切り雀』は不成立になりかけた。

スズメに変身するのは、全身が痛くてもの凄く辛いのに、それを我慢して頑張ったあたしの努力が台無しになるとこだった。

ボクも、辛い思いしてスズメに変身してましたよ。それに、あれ、ボクひとりで食べたんじゃないすから。M2250とM2257が一緒に食ったから、全部なくなったんすよ。
2人とも、あんたの後輩でしょ。あんたが、そそのかしたに、決まってるわ。
小梅先輩、ご馳走がなくても、ボクらがお爺さんを楽しませたから、『舌切り雀』は成立したんすよ。
あれは、昔話の成立率が下がってきてるから、「昔話成立審査会」が基準をゆるめたのよ。
それは、あり得ますけどね。

でも、小梅先輩、もっと大切なこと、忘れてません? 昔話のシナリオでは小さい方のつづらを選ぶはずのお爺さんが、大きい方のつづらが欲しいと言い出したことの方が、もっと大きな問題でしたよ。

あん時は、全身から血の気が引いたよ。
あの時上手に説得して、小さい方を持って帰らせたのは誰でしたっけ? 小梅先輩? M2250? M2257? それとも……
説得したのは、あんたでした。
思い出してもらえました。あの説得が良かったとプロジェクト管理官に評価されて、ボクは、今、大ブレイク中なんです。この2ヶ月で、『桃太郎』、『一寸法師』、『聴耳頭巾』と3件つづけて主役に抜擢されて、大成功。「勝率10割・奇跡のクローン・キャスト」って、みんなの噂になってるんすから。
そうなの? あたしは、そんな噂、耳にしたこと、ないけどね。
小梅先輩は、最近、調子はどうなんすか?
浩太、あんたさぁ、それ、あたしの成績を調べた上で訊いてる? だとしたら、あんた、「人でなし」だよ。あたしは、『舌切り雀』から後、3戦全敗です。どうやら、あたしの運を、全部、あんたに取られちゃったみたいだよ。
あっ、そうとは知らなくて。でも、小梅先輩は優秀だから、そのうち、また勝ち始めますって。

それで、ボクの方すけど、今度は、すっごいビッグチャンスが回ってきたんす。

へぇ~、ラムネ星と地球の間にある暗黒宇宙に追放されることにでもなった?
そんなわけ、ないっしょ。

ボク、来週、「浦島太郎」役を演じるんです!「日本昔話成立支援機構」が仕掛ける昔話の中でも、出演者数が最多で、海中に豪華な竜宮城のセットまで作る、一大プロジェクトの主役ですよ!

あら、それは、おめでとう。そんなビッグスターが、3戦全敗のシケたクローン・キャストに用はないでしょう。そろそろ、他の席に移ってくれるかな? 空いてる席が、いっぱいあるよ。
それが、用が大ありなんす。だから、食堂で小梅先輩を探し出したんです。

小梅先輩、竜宮城のなかで、浦島太郎は、乙姫と、どんな風に接したらいいんすか?

はぁ~? 浩太、あんた、あたしにもっと憎まれたいと思って、やってる?
えええ?

なんで、そんな言い方するんすか? ボクは、純粋に知りたくて聞いてるんすよ。

乙姫は、大体、小梅先輩の年代の女性キャストさんたちが、演じるんです。だから、小梅先輩も、きっと、経験があるだろうと思って。

浩太、あんた、あたしの経歴を調べた上で、それを訊いてるの? だとしたら、あんたは、「人でなし」を通り越して、「悪魔」だよ。


えっ、「悪魔」だなんて、そんな……

ボク、乙姫世代の女性キャストでお話しできる相手は、先輩しかいないんすよ

乙姫は、飛び切りの美人が演じる役だ。あたしは、動物役専門。たまに人間の役をする時は、脇役だけ。例外として、『屁こき嫁』の主役があるけど、これ、美女じゃないからね。オナラが大きいってだけだから。

先輩、熱くならないでください。
熱くならずにいられたら、仏様、生き成仏だ。「なんでも屋」のあたしが、乙姫が浦島太郎とどうイチャつくか知ってるわけがない。このあほんだら!
小梅先輩、怒らせちゃったみたいで、すんません。でも、先輩を嫌な気持ちにさせるつもりは全然なかったんすよ。そのことだけは、わかってください。小梅先輩が、年上の女性キャストで普通にお話しできた、初めての人だったもんだから……ほんと、ごめんなさい。
浩太が立ち上がり、去ろうとする。小梅には、浩太の身体がひとまわり小さくなったように見えた。
浩太、ちょっと待ちな。乙姫役は、誰だい?
M2119さんすけど……
M2119……沙紀か。
御存じなんすか?
あたしの一期、後輩だからね。あたしは、沙紀が演じる乙姫の後ろで竜宮城のバックダンサーを務めたことが、3回ある。そのうち2回は、沙紀が、プロジェクト管理官に相談もなく途中で演技を止めちまった。
えっ、なんか、「想定外」の事態でも起こったんすか?
常識的には、あんなの、「想定外」でもなんでもない。単に、沙紀のワガママだよ。一度目は、浦島太郎の酒の飲みっぷりが悪いと怒って、止めた。二度目は、浦島太郎が自分に馴れ馴れしいと怒って、止めた。
げっ、それって、すっげぇ危険クローンじゃないすか!
まぁ、あれから2年経ってるから、沙紀も、もっとと大人になってるとは思うけど……

でも、最近の沙紀がどんな感じか、一応調べといた方がいいかもしれない。

調べるったって、ボクが直接、女性キャストの皆さんに探りを入れることはできないっす。
あたしが、調べてみるよ。

でも、絶対に沙紀の耳に入らないようにしなくちゃならないから、どの程度のことが掘り出せるかは、約束できないぞ。

まぁ、あんたは、今の自信をそのままに、頑張ることだね。

小梅先輩、本当に、ありがとうございます。

先輩に相談して、ホント、良かったです。

ありがとうございます。

わかった、わかった。

そんなぺこぺこしてると、あんたも食べ物を落とすよ。

さっさと、よそに行きな。わかったことは、手紙で知らせてあげるから。

はい、じゃ、サヨナラ。

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