第1話 癒し系 はじめました ①

文字数 2,407文字

「ねぇ、癒し系って何かしら?」
 俺の席の横に立つ女子高生が唐突に口走った。

 長い黒髪に、切れの長い眉、気の強そうな目つき。白い透明な肌にスラリとした長身と、見事なスタイル。非の打ちどころのない美女の名は『氷雨(ひさめ)涼子(りょうこ)』子供のころからの長い腐れ縁だ。


 理解不能である。午前の学校の授業が終わり、持ってきた昼飯の弁当を食べようと鞄から取り出した矢先のことだ。何故急にこんな事を言い出したのかは不明だが、コイツの無茶ぶりは今に始まったことじゃない。
「いきなり何を言ってるんだ、お前は?」
「分からないのよ。ねぇ、癒し系ってどういう事かしら」
(こっちが聞きたいよ……) 
涼子は空いている隣の席に座ると、じー、とこちらを見て待機していた
「悪いが涼子、弁当食べたいから後でいいかな?」
「分かったわ。最後の昼餐、ゆっくり味わうと良いわ」
 笑顔で柔らかな物言いだった。
 拒否権なし。まだ開けてない弁当箱を静かに鞄にしまう。

「で、話の内容は? 漠然と癒し系って言われてもわからないぞ」
 涼子はポケットから携帯を取り出し画面をみせてくる。

 画面の内容は『今、癒し系女子が熱い! 時代はキュートから癒しだ!』なんていう特集記事が組まれたサイトの画像だ。


 癒し系、というのは癒し系女子って言う事か。
 なるほど、時代の流行りに乗りたいという乙女心だろう
「理解していただけたかしら? そこで癒し系女子が大好きって豪語していたあなたに相談しにきたのよ」
「え? 俺一言もそんなこと言ったことないぞ」
「………………」
「………………」
「このサイトに書かれてる癒し系女子の説明だと理解できないのよね」
「ちょっと待て、今の間は何?」
 涼子の目が鋭く俺を見据える。

 聞くな、と無言のプレッシャーを与えてきている。


 参ったな、俺もそんなに詳しいわけじゃないからな。
 ネットで調べたら? と伝えたら絶対怒るに決まってる。何か涼子が納得できるような回答を考えなければ。
「そうだ! 花憐(かれん)ちゃんみたいな子が癒し系だよ」

 花垣(はながき)花憐(かれん)という同じ一年生の女子。


 背丈は百五十程度の小ささで、ツインテールの女の子。表情豊かで仕草の一つ一つが愛くるしい。
 男女問わず人気で、一緒に居ても心安らぐ。正に癒し系の代表選手と言っても過言ではない。

「花憐? あの、隣のクラスの子?」
「そうそう。あの子が正に癒し系だよ」
「そう。じゃあ、直人。あなたに質問するわ」
「なんだい?」
「私は癒し系かしら?」
「…………はい?」
絶句
癒し系・・・・・・というより、威圧系?
「何でそんな事聞くの?」
「花憐さんが癒し系、という事は私も癒し系でしょ?」
「ふぁ!?」
 いやいやいや! 全然違う! 全くの正反対。対極の位置ですから!
 涼子は長身でモデルのような体型で、可愛いというより、カッコいいの表現が適している。
 表情は大体氷のように無表情。クールビューティーという言葉がぴったりの女性だ。
「聞くけど、花憐さんの何処を自分と比べたの?」
「衣装よ。花憐さんとは結構服の好みが似てるのよ」
「いや、それは全然関係ない」
「そうなると、ますます分からないわね」

 これは苦しい。


 どうする? あんな癒し系を具現化したような花憐さんを見てこの反応。俺には涼子の納得する満額回答は不可能に近い。
「そ、そういえばさ、他の友達に聞いてみたらどうだ? 俺より詳しいと思うぞ」
「他の方に聞いたら、全員直人に聞いてくれって言ったわよ」

 ちくしょー! 全員考える事同じかよ!


 既にお鉢が回り回って最後の俺にお鉢が回ってきていた。
 どうする? テストの問題よりも難しいぞこれ。
「い、癒し系というのは、近くにいて癒される~って人の事だよ」
「そう。だからそれはどういう人なの?」

 それが花憐さんみたいな人なんだよ!


 サイコロの出目が一から六までで、六マス以内は「スタートに戻る」マスしかないぞコレ!
 周囲の人間に助けを求めるように視線を送る。だが、目を合わせると直ぐにそらされる。
 涼子のイライラが募ってきたのか、頬杖をついて机を指で何度もトントン、と叩いていた。

「それで、癒し系って何?」
 涼子の眼に力がこもる。
 怖い。もはやここまでくると尋問である。
「りょ、料理! そう、癒し系とは料理だ!」
「料理? どういう意味かしら」
「料理にはストレス解消の効果があって癒しの効果があるんだ! ほら、食べると気持ちがすっきりしないか?」
自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。
 ただ、涼子を納得させるためだけの嘘をついてしまう。
 我ながらこんな出鱈目な意見、流石に聞くわけがない。
「なるほど……癒し系ってそういう事だったの」

「それがきくの!?」
 驚きすぎて声が出てしまう。
「確かに料理に使われる香草(ハーブ)には癒しの効果があるわ。そうか、料理のできる女性が癒し系女子なのね」
 
 自問自答して完全に納得している様子の涼子。それ、完全に誤解だぞ
 正しいかどうかは置いておいて、納得してもらえるなら良かった。
「まぁ、そういう事だ。納得してもらえて幸いだ」
「えぇ、流石は直人ね。それじゃあ今日一緒に帰るわよ
「ああ、そうだな。一緒にかえ……る? なんで?」
「料理するからよ。直人に癒し系女子として私がどれぐらいなのか評価してもらうわ」
「え? それってつまり、涼子が料理を俺に振舞ってくれるってこと?」
「そうね」
 味気ない返事の涼子。

 何だこの展開は? 誤解に誤解が重なって奇跡が生まれたぞ。


 冷静に装いながらも、心中は喜びで舞い踊る。まさか、涼子の手料理が食べられるなんて。
 ちなみに、涼子とは幼いころから好きではあるが、恋人関係ではない。友達である。
 進展の期待の意味も兼ねて、これは期待せざるを得ない。
「それじゃあ直人、一緒に放課後帰るわよ」
「お、おう! わかった!」
to be continued
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