第1話

文字数 1,999文字

「本日の議題は、『猫とチョコレート』であります」
茶トラの議長が、四角いテーブルの上座に座って宣言した。
今日は猫の連帯組織「ユナイテッドキャッツ」T支部の、月1回の会合の日だった。
月例会には10匹前後の会員が集まり、ほとんど雑談だったが、今回は本格的な会議になるようだった。
「ご存じのように、人間社会ではバレンタインデー、ホワイトデー等、チョコレートの販売を促進するイベントが盛り上がりを見せています。チョコレートはもはや人間にとってなくてはならない食物ですが、我々猫にとってチョコは毒であります」
と言って議長は、目の前にいる黒ブチ猫に目で合図を送った。
「はい。チョコレートの原料であるカカオ豆に含まれるカフェインとテオブロミンという物質が、我々にとって毒なのです。嘔吐、下痢などの中毒症状が現れ、最悪の場合死ぬこともあります」
「うむ。そんな危険なものを人間たちは愛好し、世の中に氾濫させている。我々猫に危害が及ぶと、猫好きな者なら大抵知っていながらだ」
そこで、上品そうな白猫が挙手(足)して発言した。
「どの家にも必ずと言っていいくらい、チョコレートがあります。しかも、手の届くところに無造作に置かれているのです。チョコレートを誤食するリスクが野良猫より家猫の方が高いのはそのためです。
私の知り合いの家猫も、小さいころうっかりチョコレートを口に入れて痙攣をおこして、飼い主が大騒ぎして動物病院に連れて行ったと言っていました」
「罠みたいなものです」
とほかの猫が怒気を含んで言った。
「チョコレートの中には、箱やパッケージに猫を使用したものがいっぱいある。まるで我々をおびき寄せる罠とした思えない。
一体、人間は何を考えているんだろう。常に自分たち人間の視点で考えている。チョコレートと猫の相性が最悪なのに、人間がそれらを愛好しているから2つを結びつける。思慮が足りないとしか思えない!」
ヒゲをブルブル震わせた発言者に、議長は同意するようにうなずいた。
「その通り。そこで今回我々は、異例だが人間をゲストに招いて、話を聞くことにした」
議長が机に置かれた呼び鈴を鳴らすと、ドアから人間の30代くらいの女性が入ってきて、議長の真向かいになる場所に着席した。
彼女は飼っている白猫の誘いで来たのだと説明し、猫印のキャットショコラというチョコレート会社の広報担当をしている吉野美幸と自己紹介した。
「皆さんのお話はドアの外で聞いていました。おっしゃることの主旨はわかります。私も猫のミアの飼い主として、耳が痛みます。私たち人間にとっての『好き』を勝手に結びつけるというのは、猫の側からすれば理不尽ということですね」
先刻怒りをあらわにして語った猫が、美幸に攻撃的な言葉を浴びせた。
「あんたとこの会社は猫を商標にしてチョコレートを売ってるんだってね。猫の形のチョコもあるってな」
「はい。大層評判が良くて……」
美幸が笑みを浮かべて言うと、別の猫から質問が飛んだ。
「猫をふんだんに使って、我々猫の肖像権はどうなってるんだ」
「いえ、あいにく猫の肖像権は認められておりませんので、勝手に使わせてもらっていますが」
「よくもまあ、ぬけぬけと」別のメス猫がヒステリックに言った。
「あなたの家にはチョコレートが沢山あるんでしょ?そして猫を飼っているのよね。可哀想に、そこら中罠を仕掛けられているようなものじゃない?」
美幸の飼い猫のミアは、自分が攻撃にさらされているように身をすくめた。
一同は、ミアが言った「知り合いの家猫」は実は彼女自身のことではないかと勘繰った。

「あなたにとって、チョコレートと猫のどっちが大事?」
メス猫が辛辣に言いつのった。
究極の選択だったが、どちらも美幸にとって大事であることは確かだった。
美幸は返事に窮して冷や汗をかいた。
そこへ、黒ブチ猫が冷静な口調で提案した。
「チョコレートか猫かなんていきなり選択を迫るのは無理難題ですよね。我々の要望として、まず、チョコレートが猫に有害だともっと周知させること、それに、猫をチョコレートの宣伝に使うことを規制すること、まずこの2点です」
「おたくの会社が率先してやるべきね」

でも、どうやって?
うちの会社にとって猫は不可欠なのに

美幸が戸惑っていると、猫たちは一斉に声を合わせて
「チョコレートは猫に毒だ」
「チョコレートの宣伝に猫を利用するな」
とシュプレヒコールのように唱え始めた。
その声は次第に、ニャーニャーという鳴き声に変化していった.

枕もとの目覚まし時計のスイッチをオフにすると、ようやくニャーニャーという鳴き声が止まった。
「夢だったのか」と美幸は、猫型の目覚まし時計を抱えてほっと溜息をついた。ぐっしょり汗をかいていた。
「ミャーミャー」と鳴きながら、猫のミアがベッドに乗ってきた。
ミアの毛を撫でながら、美幸はこれからチョコレートはすべて鍵付きの引き出しに入れようと決心した。

(了)

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み