有人国境離島防衛軍

文字数 1,996文字

 全身が鱗に覆われ、頭部が魚の半漁人のような生物、通称ダゴン。2060年頃から突如有人(ゆうじん)国境(こっきょう)離島(りとう)にだけ出没し始めた。そのダゴンが5mの高さまで跳躍した。
 玖條(くじょう)夏芽(なつめ)は腹部に狙いを定め(サイキック)(・エナジー)(・ガン)でトリガーを引いた。しかし、弾はダゴンの左腕を少しかすめただけだった。着地したダゴンは村の外に逃走していった。それを監視していたかのように無線機が鳴る。
「おい、夏芽、戦況はどうだ?」
 夏芽は周囲を見渡した。村の中にダゴンの気配は無く、(ひな)びた村の路地を真上から太陽が照りつけ陽炎が揺らめいている。
「一匹取り逃しましたが、民間人は全員地下のシェルターに避難してます」
「誰かと交代して休んでくれ、と言いたいところだが、守備隊の到着は明日になりそうなんだ。済まないが、それまで彼となんとか持ちこたえてくれ」
 夏芽は足元で退屈そうに草を食べてるペンギンを見下ろしながら答えた。
「こんな変な生き物、押しつけないで下さいよ。一体なんなんですか?軍用ペンギンって……」
「ダゴンの細胞をベースに創られた生物ロボットなんだぜ。絶対役に立つから」
「役立つどころか、島に来て二日も経つのに全く働いてませんけど?」
「そう怒るなって。ほら。今回予想外の長時間任務になっちまったから、残業代少し弾んでやるし」
「お金なんかでテンション上がりませんよ。二日間まともに寝ていないんですから。さっきの戦闘で(サイキック)(・エナジー)ゼロですよ。いま念力銃は1発も撃てませんよ」
「彼に見張りでもさせて、仮眠とってくれ。とにかくよろしく頼むぜ!あ、それから、彼の開発にかなりの研究費かかってるんだ。わざと壊したりしたら半端ない金額請求されるから、雑に扱うなよー!」
 一方的に無線が切られ、夏芽はペンギンを一瞥(いちべつ)した。周りの草を食べ尽くしたらしく、ペンギンは物言いたげに夏芽をジッと見つめた。
「ペンギンのくせになんで草食べんのよ。意味わかんないわ」
 雰囲気を察したペンギンはプイッとそっぽを向き、ペタペタと足音を立てながら歩いて行った。夏芽はそれを無視して仮眠を取る場所を探し始めたが、しばらく探していると自分のバックパックが消えていることに気づいた。
「マズい、マズい、マズい!こんな寝不足の状態じゃ念力なんて大して自然回復しないんだからさ……念力回復薬のエナドリ(エナジードリンク)無しとかどんな縛りプレイよ」

 すると村はずれの方に向かってバックを引きずりながらペンギンが歩いているのが見えた。
「ア、アイツ……そっちは」
 夏芽は全力で走りだした。ペンギンは道ばたにバックを置き、羽と(くちばし)を器用に使って魚の缶詰を取り出そうとした。
 しかしその時、ペンギンと夏芽の間に割って入る格好でさっきのダゴンが突然現れ、ペンギンに襲いかかった。ペンギンは咄嗟に横に飛び退いたが、バックはダゴンにぶつかり、林の方に飛ばされてしまった。
「ちょっと……」
 夏芽が立ち止まると、ダゴンの横をすり抜けてきたペンギンが駆け寄ってきて、羽でバックパックを指し、地団駄を踏んだ。
「アンタが原因作ったんでしょ、全く」
 取り合わない夏芽の態度を察し、ペンギンがダゴンに向かって突進する。そのスピードは予想以上に遅い……。ダゴンはペンギンを待ち構え、そして全力で殴りつけた。ペンギンは吹っ飛ばされ、夏芽の近くにあった電柱に激突した。
「なんであんなに弱いのよ……」
 夏芽はペンギンに駆け寄り、抱きかかえる。特に出血はしていないが脳しんとうを起こしているようだった。そこに正面からダゴンが突進してきたので、サイドステップを踏み、軽くかわす。ダゴンは勢い余って転倒した。その間にバックが飛ばされた林に向かって夏芽はダッシュした。
 バックパックはすぐに見つかり、夏芽は急いでバックを開けた。エナドリと救急スプレーのどちらを先に取るか迷ったが、そっと木の陰にペンギンを横たえ救急スプレーを使った。そして夏芽がエナドリを手に取った瞬間、身体に強い衝撃を感じエナドリを落としてしまった。ダゴンに体当たりされ吹き飛ばされたのだ。幸い、装着していたボディーアーマーのお陰で致命傷は免れたが、夏芽は片膝立ちの状態でクラクラしている。なんとか腰のホルスターから念力銃を引き抜くが、1発分すら念力が残っていない。
「詰んだかな……」
 とどめを刺すべくダゴンは跳躍のモーションに入った。しかし、その背後に横たえていたはずのペンギンの姿が現れ、夏芽に向かって何かを蹴り飛ばした。
「ナイスパス」
 夏芽はエナドリをキャッチし、一気に飲み干す。そしてダゴンが飛び上がった。冷静に腹部に狙いを定め、念力銃のトリガーを引いた。ダゴンはドスンと地面に叩きつけられ、腹部が風船のように膨れ、破裂した。

 「あー、身体中が痛い。やっぱり残業代、弾んでもらわなきゃ」
 そう呟きながら、夏芽は重い身体を引きずりペンギンの所まで戻った。そしてバックパックから魚の缶詰を取り出した。

(了)
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