第1話 魔女と小さな郵便屋

文字数 2,485文字

 昔々、あるところに一人の魔女がいました。彼女はすその長い赤いシルクのドレスを着て、雪のような銀色の髪をしていました。茨でできた冠を被り、緑色の目をしていました。
 魔女の家はどこにもない森の中にありました。秋には地面が楓やけやきの葉っぱでいっぱいになる森です。魔女の家は、小さな木でできた家のように見えますが、秘密のトンネルがいくつもあって、とても広いのです。
 暖炉にはお茶を入れるためのお湯が沸き、食料庫には、妖精や小人も満足できるほどの上質な食料がたっぷりとありました。そして、夜になると眠るベッドの上には小さな丸い小窓があり、少しずつ変わる星が、季節を教えてくれます。

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 魔女は、1人で住んでました。森には、動物はいましたが、魔女と同じ形の人間は滅多にきませんでした。魔女の家の近くに、少し奇妙な林があって、大きなウロのある木が何本もあります。人間は、そこからしか魔女の森には入れないのです。
 その木の奥には、その木でできている扉がありました。扉には、ドアノブと鍵穴が1つついています。魔女は、この鍵穴のすべての鍵を取り出すことができます。魔女と仲良しの郵便屋のおじいさんや、薬屋の青年が通る扉はいつもあいていました。薬屋の青年は、魔女の作った軟膏と固形石鹸を贔屓にしていて、それぞれ1つを金貨4枚、銀貨5枚と交換していきました。
 時々、魔女が知らない人間が通ることもありましたが、彼等が帰ると、魔女はほとんど扉の鍵をしっかり閉めてしまいます。知らない人間は、魔女より魔女の家と森に興味をもってくれたのに。

 魔女は、森から外に出ることもありました。祝日の前日、一番街が賑わう日です。魔女は郵便屋さんのドアか、薬屋のドアを使います。チーズや燻製された肉、小麦粉などを買って帰るためです。魔女は、出かける時は目元まで見えなくなってしまうフード付きの外套を被ります。夏は、目立ってしまうので、仕方なく雨の日を選んでいます。
 魔女は、フードを被らずに街に出て大丈夫という自分と、もう200年は待つべきと言う自分と一緒に出掛けます。

 魔女は、時々郵便屋さんの家や薬屋の店に行きます。お茶をご馳走になったり、お菓子をお裾分けしたり、楽しい用事もありますが、ベッドに横たわる彼等の額に良い香りのする香油を塗り、白い花を飾ると言う役割もします。この週間は、かれこれ何回か繰り返しています。彼女は赤いドレスですが、彼等の家族は皆、黒い服を着る日です。

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 ある日、魔女が石鹸を作るための灰汁を作ろうとした時、郵便屋のおじいさんがやってきました。白い封筒と一緒に、その背後には小さな帽子がありました。
 小さな帽子の下にある黒い目が魔女を見上げました。その目は、かつて彼女によく向けられていた目だったので、彼女は久しぶりに顔を青ざめました。

 それから、困ったことが起きました。おじいさんの代わりに、その帽子を被った黒い目の持ち主が、手紙を届けに来ることが多くなったのです。
 彼女に手紙を渡すとき、その小さな手は震えます。そして、必ず手紙を地面に落としてしまうのです。彼が帰ると、魔女は家の扉を固くしめ、ため息をこぼしました。
 そんなことがしばらく続きました。その内、おじいさんは、5回に1度、帽子の持ち主と2人でくるだけになりました。魔女は色々な意味で心配でしたが、今度の休みに薬湯を作って持っていくという約束だけをしました。

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 ついにおじいさんに魔女が会うのは、週末だけになりました。いつも来るのは帽子の持ち主だけでした。持ち主は、毎度手紙を落とし、魔女を困らせました。何度か、郵便屋の扉を閉じたこともありますが、手紙が来ないのも困るので、最後は開けてしまいます。

そんなやりとりを、しばらくしていると、太陽の季節からどんぐりの季節になっていました。相変わらず、手紙を落とす帽子の持ち主は、落ち葉の音を立てながら、魔女の家へ向かいました。いつものように、震える手で魔女の戸を叩きました。
 しかし、返事がありません。彼は喜び、手紙を戸口の先に置いて帰ろうとしました。
すると、どうでしょう。彼の心を見透かしたつむじ風が、手紙を舞い上がらせてしまいます。
臆病な持ち主は、いつも手紙を落としてはいますが、郵便屋のおじいさんから受け継いだこの仕事を誇りに思っていました。手紙を届けないわけにはいきません。石ならそのあたりにありましたが、白い手紙が汚れたら、あの魔女にどんな目に遭わされるのか・・・考えただけで恐ろしくなりました。
 どうすればいいのか、途方に暮れながらしばらく戸口を見ていると、ふと、栗に似ているとても良い香りがしました。香りを辿っていくと、まず目に入ったのは、美しい赤でした。
 それは、魔女のドレスでした。
 恐る恐るのぞくと、魔女が木でできた長椅子に腰掛けて、眠っていました。彼女の前には、木のテーブルがあり、野花の書かれたティーカップとポット、砂糖ツボが置いてあります。良い香りは、ティーカップに入っているお茶から漂っていました。お茶は、周りの木々の葉と同じ色をしていて、白い湯気が少しだけ立っていました。
 いつもの、緑色の目を閉じた魔女の様子が珍しくて、思わず持ち主はそばに行って、彼女を眺めました。
「きれいな人なんだなぁ。」
彼はつぶやきました。そういえば、一度もまともに彼女の顔を見たことがなかったことを思い出しました。
 しばらく眺めていると、魔女の頭に、小鳥が一羽止まりました。小鳥が彼女の上で数回ぴょんぴょん跳ねると、魔女は瞳を開きました。そして、前に帽子の持ち主がいるのに気がつくと、びっくりして肩を後ずさらせました。魔女は、彼の様子がいつもと少し違うことに、驚いていました。
 持ち主は、手紙を魔女に差し出しました。魔女はそれを手で受け取り、彼を見ました。持ち主は、そのまま大きすぎる帽子を片手で持ち上げて会釈すると、走って元来た道を戻りました。
 魔女は目を見開いたまま、しばらく手紙を見つめ、すっかり冷めてしまったお茶を飲みました。


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