第10話 茉莉花のふたり

文字数 1,163文字

 マコの死から長い年月を経たある夜、私は、中島みゆきさんの「夜会VOL.7『2/2』」と巡り会った。彼女の歌に導かれ、長く胸に閉じ込めていた思いを三十首余りの短歌に托すことができた。「茉莉花忌」である。マコ(=茉莉子)とリコ(=莉花子)という名は「2/2」の茉莉花のふたりに由来する。感謝と敬意をこめて。

―茉莉花忌(中島みゆき作「2/2」によせて)―

わたしよりわたしに近く誰だろうひっそりといるいつの日もいる

姉茉莉子夏に生まれて冬に死す急性心不全享年十二

風花と百合とベールと組んだ掌と蝋燭白いフラッシュカード

拭ってもぬぐってもかすむ眼のまえのあなたを送ることばが見えない

「茉莉」と「莉花」茉莉花のふたりわたしたちずっと一緒にいるはずだった

寝たきりは辛いと言わず問いもせずいつもふたりでいたから同じ 

「踏みしめるってどんな感じ?」と問う先を見ればいちめんまっさらの雪

たんぽぽの綿毛いっぱい飛ばした日わたしが摘んであなたが吹いて

そっくりと言われることが不思議だったふたり並んだモノクロ写真

永遠に少女のあなたが笑っているわたしひとりが年を重ねて

いにしえのとりかえばやの物語わたしはあなただったかもしれず 

「まこちゃん」と呼びかけてみる「りこちゃん」とこたえる声に目覚めれば闇

もういいかい わたしはずっと迷子だよあなたが消えてしまった日から

欠落感?しいて言うならすっからかんあなたの場所は埋めなくていい

「どうしよう」膝を抱えて踞(うずくま)る十二のままのわたしがそこに

苦しみも痛みも言わず十二年「天使だった」で括られようか

天使から落ちこぼれちまってここにいる 惜しまれながら死にたいか否

その足で千の銀河を越えてゆくあなたの背(せな)に翼はいらない

悲しみよさらさらになれ胸底を名も無き川となりて流れよ

たゆたう時の川を越えふたりにかえるわが茉莉花忌

いのちとは偶然が生む必然か 死んだあなたと生きているわたし

存(ながら)えたことは偶然 雨上がりの木々が輝くことは必然

生きていればあなたをすてる日がいつか来たのだろうかとおい稜線

「if」という感傷拒みどこまでも水平線は空を支える

亡きひとはみな星になり風になり何処にでもいる何処にもいない

いつか死が訪れるとき次の世で会いたいなどと願わずにいる

のちの世で逢わずともよしあのときのままのあなたで今もいるから

「またいつか」ことばはのこりひとは去り無銘の墓碑にひかりさす丘

さくらさくら昏(くら)い木下に立つひとは微笑むばかりたゆたう桜 

ふたりからはじまりひとりになりやがてふたりにかえるまでの約束

生と死の薄皮剥けばからっぽのわたくしがいるされど根を張り       

存(ながら)えたことに意味など求めずに生きればいいと蝉時雨降る 

                                    
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