『 ぼくは彼女が好きだ。 』
文字数 1,683文字
ぼくは彼女が好きだ。
どんなところが好きかと言うと、例えば。
「…あ! …ごめん、ちょっとコレ置かしといてもらえる?」
今も彼女は、最近ほぼ日課と化している、
ぼくとの立ち話の最中に。
はっと気がついたように後ろのほうを振り向いて。
慌てたように、それだけ言うと。
ぼくの脇に設置された、ささやか~な献花台の。
たいして花なんか供えられてるわけでもない、その端っこに。
大根や人参の入った大きなエコリュックを、素早く置くと。
普段そそっかしい割には、こういう時にはちゃんと左右を確認してから。
道路を素早く渡り。
わざわざ。
道の反対側の、遠くの方の。
雪解けのぬかるみでステン!…と、転んでしまった、おばあさんを。
優しく助け起こして、温かい言葉をかけて。
こぼれた荷物を拾って上げて。
泥汚れをぬぐってあげて。
それから、ぺこぺこと頭を下げてお礼を言う相手からは、
さらっと離れて。
またすぐ、道路を渡って、わざわざぼくのところへ戻ってきてくれたり…
する、ところ。
「ごめんごめん、話の途中で、腰折っちゃって…」
「うぅん~?」
ぼくは彼女の、そんなところが、大好きだ…
===
ぼくが彼女に出会った場所も、ここだった。
というか、ぼくは今もう、ここから動けないのだけども。
ぼくはこの真上から飛び降りた。
できればヤツの頭の真上に墜ちれたらよいなと思った。
だけどヤツが真下に来た瞬間に、ビルの屋上から飛び降りたのでは、
地上まで到達する間に…
ヤツは、余裕で。
逃げちゃえた、のだ…
そしてぺしゃりと潰れたぼくを、
ぼくの血糊を、汚そうに拭いながら…
嗤って、嘲ったのだ…
ヤツは。
(…悔しい…)
ぼくはこの場で。
うずくまって…
哭いていた。
(悔しい。せめて、せめて…)
…復讐。を…
してから、死にたかった。と…
「…そりゃ、残念だったねぇ…」
痛ましそうな、声で。
ぼくの。
幽霊になった、地縛霊になった、
うぅん、その前の、ずっと前の。
生きて、息をして、声をあげて泣いていたころからずっと、
誰からも。
視ても、聞いても、理解しても、もらえなかった…
くやしさを。
彼女は。
うすらぼんやりした地縛霊になりかけていた、ぼくに。
意味もないのに、小雨のなか、
自分の傘をさしかけてくれながら…
「…残念、だったね…?」
そう、言って、くれたのだ…
こんな、イジメに敗けてビルから飛び降りて。
復讐も果たせず、成仏もできずに、腐った地縛霊になりかけていた…
ぼくに。
===
ぼくは彼女が好きだ。
だからできることならば、彼女の説得に応じてみてあげたい。
「…はやく、成仏、しなさいよ~?」…と。
優しく、子守歌のように、いつも。
言い聞かせてくれる、とおりに…
でも。
(…そしたら、おばちゃんと。
もぉ、会えなくなっちゃうんじゃん…?)
うすらぼんやりした、
地縛霊のぼくの心の声を。
彼女は、ちゃんと、聞き取ってくれるのだ…
「…え”ぇ~? そこぉ~??」
(だって…)
「ん~と。じゃあ、ねぇ…」
彼女は、教えてくれた…
このままここにいると、ぼくは。
なんで自分がここに居るのか、
なぜここで死んだのか。
なぜ自分がここで自殺しなければいけないほど、
悔しくて、哀しかったのか…
忘れて。
ただの、暗い、滓になって…
魂の、輪郭が、消滅してしまう…
から。
「そんくらいなら~、あたしに、憑りつきなさいよ?」
(…えぇ~??)
「だいじょーぶ。
きみのひとりくらい憑りついたって、あたしはびくともしないし。
そのまんま貼りついてたら、いずれあたしが成仏する時に、
一緒に連れていってあげるし。」
(…えぇぇ~… いいの…??)
でも、まだ、ふんぎりが…
つかない、ぼくに…
彼女はほぼ毎日、『立ち話』を、しにきてくれる…
「なんなら、憑依霊からそのまんま守護霊に昇格する、
講座とか修行とか、試験とか?
みたいなのも、あるんだけど…
受ける?」
そんな、ことまで、言う…
ぼくは彼女が大好きだ。
そんなら、
憑依して…
いつか。
守護霊に、なれたら、いいなぁ…