第1話 北陸の冬支度

文字数 1,667文字

北陸の冬支度

○明治8年11月、富山県TKZ村

 富山県TKZ村の豪雪地帯、タカ(55)が母屋の囲炉裏端で冬支度をしている。

 たんたんたん!
 タカが木槌で藁を叩いてカンジキを作るいわゆる夜なべ仕事である。

 ヒューヒュー!
 戸外では、吹雪が舞ってしんしんと雪だけが降り積もる。
(今晩は、積もりそうだわ)
 タカは、木戸を開けると隙間から外を見た。

 トントントントン!
 木槌の音だけが、母屋に響く。

 ボーン!ボーン!
 暫くして古めかしい置き時計が、午後九時を報せた。

 ガタガタ!
 「ごめんなさい。失礼するよ」
 熊撃ちのゴスケ(54)が、鉄砲を肩に掛け、毛皮を担いでタカの家を訪ねて来た。

 「この時節になると、山の民は食糧に困ってねえ」
 ゴスケは、手袋を脱ぐと遠慮なくドカッと囲炉裏端に腰を下ろした。

 「ご苦労様、今茶を淹れるよ」
 タカが土間に立つと、ゴスケはタカの頸からモンペの尻の膨らみを盗み見た。

 「そ、それで一人息子のタローはどうした。せっかく鉄砲の撃ち方を教えてやったのに…覚えたと思ったら姿が見えなくなりやがる。さては、谷川にでも落ちたのか?」
 ゴスケが、榾木の炎に手を遣りながら呟いた。

 「タローは、東京府の警察官に応募してね。合格したんだ。全く、孝行息子なんだか。私をひとりぼっちにしてね」
 タカが、熱々の茶を淹れて囲炉裏端に盆を持って来た。

 「警察の官吏になると、いくら貰えるんだ。
下っ端じゃ、下女の住込ぐらいにしかならないんじゃないのか」
 ゴスケが、眼を細めて茶をずずっと啜った。

 「まだ、見習いだから月六円ちょっと。東京だら物価だって高いだろうに、無理して郵便で一円も送ってきたよ」
 タカが、嬉しそうな顔をした。ゴスケは、長らくタカのこのような顔を見ていなかった。

 「あいつの鉄砲の腕は、天性のもんだ。あれは、きっとタカさんと俺が契った時にできた子にちげえない。俺は、奴に鉄砲を仕込んでる時に直感したんだ。こいつには、俺の血が流れてるってな」
 ゴスケが、茶碗から右手を外しそっとタカの腰に回した。

 「よしておくれよ。アンタに抱かれたのは、ほんの一回だけだし、後家だからって変な噂が立てば、村中に後指をさされるのがオチさね」
 タカは、それとなくゴスケの手を腰から外した。
「(この山男が、また私の貞操を狙って)それで、今晩は何の用さね」
 
 「おーっ。そうじゃった。そうじゃ、肝心の話を忘れるところじゃった。熊の毛皮を鞣しての…床に敷いたら随分と暖かくて塩梅もよかろうと」
 ゴスケが、熊の毛皮を床に広げて見せた。
 「幅は二尺、長さは二間。逸品じゃてな」

 タカは、巻尺を持ってくると如才なく測り始めた。
 「幅は二尺もないね、一尺半か。長さは、二間じゃなく、一間ちょっとだね」
 タカは、ゴスケの顔を睨んだ。

 「俺は、尋常小学校しか出てないからな。算術の方はからきしな」
 ゴスケは、頭を掻いた。

 「そこにある。頭陀袋を持っていきな。餅がたんまり入っている。山小屋な何人で生活しているねか知らないけど、一人なら楽に歳を越せるさ」
 タカが、土間にある頭陀袋を指さした。

 「ありがてえな…(しかし)
 タカさん。なんだって、あんな中学校の先生に成り損なったウラなり瓢箪みたいなのと一緒になったんだ。ヨサノなんとかの詩集ばかり読み耽って、挙げ句の果てに胸を患ってあの世いきだ。俺と一緒になっていれば、そんなに苦労をする必要も無かった」
 ゴスケは、タカの手をとると自らの男根に導いた。

 「よしてくれよ!餅を持って、さっさと山に帰っておくれよ!もう、男は沢山なんだ。今後の余生は、独り身を護るのさ!」
 タカは、いやいや手を振り解くと、とうとう癇癪を起こした。

 ゴスケは、ほうほうの体で鉄砲を肩に吊るすと餅の入った頭陀袋を担いで戸外に出た。

 「かなり、積もったな」
 雪は、いつの間にかふりやみ、
 ゴスケの腰のあたりまで積もっていた。

(やれやれ)
 ゴスケは、半ば屹立した男根を右手で宥めると、満月の月明かりを頼りにまた山に帰って行った。
 

 

 
 

 
 
 

 
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