鏡の友に映した理想

文字数 1,958文字

 気が付くと薄暗い部屋に立っていた。立つ、というより一歩踏み出して来たような体勢だ。立ったまま夜になるまで寝ていたのか?不思議に思いながら周りを見渡すと、始め自分の部屋かと思ったこの場所はどうやら知らない誰かの部屋のようだった。窓からそっと月の光が差し込んでいる。
 そして窓の下、月の光がちょうど届かないところに誰かがいた。
「え?」
 その顔は自分にそっくりだった。


「お願い!私の替え玉として二日間過ごしてほしいの!」
 どうやら私はその子に魔法で呼び出された……?らしかった。何でもその子は王女様で、普段は厳重な警護がついているけれど、明日明後日どうしてもその人達を撒いて行かなければならない場所があるとか。
「そんなこと言われたって……私貴方のこと知らないからできないよ。っていうか、家に帰りたいんだけど……」
「二日間やってくれたら返してあげるから!それに行動まで私のふりしなくても、二日間風邪ひいてベッドで寝るふりしてくれるだけで良いから!お願い!本当に困ってるの!」


 結局王女様の頼みは断りきれず、替え玉として病気のふりをすることになった。
 意外にも一日目の夕方までは何事もなく終わった。けれど二日目まではそう簡単にいかないようだ。
 夕食後、従者の男性に告げられた。
「リスタ様、本当に大丈夫ですか……?大した事じゃないから医者は呼ぶなと何度も念押しされましたが、普段あれほどお転婆な姫様が一日寝込んでいたなんて、やはり心配です。明日の朝になっても体調が悪いようでしたら医者を呼びますが、よろしいですね?」
 この宣告によって私は眠れない夜を過ごすことになった。医者を呼ばれると仮病がばれてしまうだろうし、そもそも本人じゃないことに気付かれそうだ。だから翌朝、覚悟を決めて体調は直ったと宣言し、起きて外に飛び出した。
しかし普段の王女がどんなことをしているのか分からない。「お転婆」というヒントだけで普段何をしそうか考えて、庭の花に水をやったり、城の掃除をやったり、兵士の訓練に混ざってみたりしたけれど、あまり本物らしさを感じてもらえなかったようでそれはそれで心配された。

 午後、なんとなく城の人達の会話の内容が気になったので詳しく聞いてみた。すると、
「あぁ……姫様。聞きつけてしまいましたか。市街の少女が怪鳥に襲われたんですよ。どうせ助けに行く、と言うのでしょう?それなら一緒に来てくれた方が助かります。私についてきてください」
 と言われた。
 ……怪鳥って何?疑問はなるべく顔に出さないようにして、お兄さんについていく。着いてみると、市街地の上空で見覚えのある服装の少女が2mほどもある巨大な鳥にくわえられていた。――信じられないことに、変装した王女様だった。
 先ほどの男性の口ぶりからすると、普段の王女様はこういった騒動を放っておけないタイプなのだと考えられる。私は近くの塔に登って、そこからジャンプして鳥に飛びつく体勢をとった。
「姫様!?」
 周りの人の驚く声が聞こえる。怖いけれど、私は今姫様なのだから、本人が取りそうな行動をとらなければならない。緊張で足をがくがくさせながら、胸を張り、怪鳥を真っすぐに見て飛び移った。
 それはこれまで知らない土地で知らない人に囲まれて知らない人のフリをする、という極限状態が続いたために、どこか精神状態がおかしくなっていたから出来たのかもしれない。普段の私なら考えられないことだった。


 結局、怪鳥は私が飛び移ったことで重さに耐えきれず、ゆらゆらと緩やかに落下し、私と王女様が地面に降り立つとまたふらふらと飛び去って行った。その後、王女様はもう隠す必要がなくなったのか自分の正体と私の存在を明かしたので、二人連れだってお城に帰った。
「和香。二日間、私の代わりをしてくれてありがとう。おかげで目的を達成できた」
「……どういたしまして」
「それにしても、塔から怪鳥に飛び移るなんてずいぶん強い心臓を持ってるのね」
「それは、あなたならそうするのかなって思って……」
「それは過大評価だよ。あなただから出来たこと」
 そっか。そう言われるとちょっと嬉しい。
「あなたと出会えて良かった。もうさよならだけど、良かったら友達になってくれない?」
「うん。いいよ」

 そうして自分の日常に帰って以来、私はあまり物怖じしなくなり、学校でもいじめられなくなった。
 あの出来事からしばらくたった今、思うことがある。……もしかしたら私は、自分の理想の姿というのを王女様に重ねていたのかもしれない。王女様ならかっこよく助けるとか、無意識に考えていたような気もする。本人からしたらムズムズするかもしれないけど、その勘違いによって自分は一歩を踏み出し、結果的に変われたから、リスタちゃんは忘れられない友達だな……と思う。
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