第6話

文字数 5,288文字

 野宮東子、彼女は私の元同級生であり、夏の間本屋でバイトをしている高校二年生である。そして、何よりも彼女は山並第一高校の科学部に所属している。私は以前彼女が話していたことを思い出した。話を聞いたときは私には関係のない事であると思っていたから、全く興味を持たなかったが、その時になって考えてみると極めて魅力的な話であるように感じた。
 私が神社を出るときにひらめいたアイデアとは、彼女に頼んで中野山高校と山並第一高校が行おうとしている合同プロジェクトに我が露が丘高校も参加させてもらうというものであった。もし、この話がうまくいけば、レポートの準備に頭を悩ませることもなく、加えて、その成果に便乗することができるだろう。しかし、そのように話が上手くいくかと聞かれれば、少し難しいようにも感じた。なんにせよ、彼女に話だけで聞いてもらおう。そう思って、私は斎藤書店へと向かった。
 神社から斎藤書店への道のり、私は不安な気持であった。そもそも、今日彼女は本屋にいるのか、いたとしても私の話は断られるのではないか、そのような自分はとても情けなく彼女に映るのではないか、というような不安である。いよいよ斎藤書店の前まで来たとき、それらの不安はより大きくなっていた。扉を開けたとき、奥に座っている彼女の姿が見えた。ひとまず、一つの不安は解消されたが、別の不安が込み上げた。扉を開けた音で彼女が私に気付いたとき、彼女は眼を見開いて少し驚いた様子であった。しかし、私が彼女に4m近づくまで彼女は声を出さなかった。
「あれ、賀谷くん、何しに来たの?」
「今大丈夫?」
「あ、うん問題ないけど」
「あの前に話してた科学部の合同プロジェクトあったじゃない?」
「ああ、あるねぇ」
「それに僕たちも参加したいんだけど」
「ん?、どういうこと?」
「いや、その僕一応露が丘の科学部の部長してるんだけど、部員二人しかいないからなかなか活動できてなくて、だから、参加させてもらおうと思ったんだけど」
「・・・え⁉、部長してるの?」
「一応、二人だけどね」
「え、、・・・・・・・・・」
そう言って、彼女は手を鼻にあて、視線を下に向けたまま考え込んでしまった。そして、また口を開いた。
「いや、ダメそうだったらいいんだけど」
「いやいや、多分だけどいけると思う。今日部長に確認してみよ」
その時、私は少し力が抜けた。
「ありがとう、無茶を言って申し訳ない」
「いやいや、驚いたわ、今まで何か活動したことあるの?」
「いや、全く」
「えーー、何で科学部はいったの?」
「一年の時同じクラスだった奴に誘われて、僕も何か部活入りたかったし、」
「へー、でも何で誘った人は何で部長にならなかったの?」
「あいつはこういうめんどくさいことはやりたがらないから、仕方なく」
「ははは、面白いよねその話」
彼女の印象はとても良い。どうやら、杞憂だったようだ。しかし、まだプロジェクトへの参加が決定したわけではないから安心はできなかった。なんにせよ、その時の私は活路が見えてきたように感じていた。
「じゃあ、結果が分かったら連絡するよ」
「ありがとう、仕事の邪魔して申し訳ない」
「全然いいよ」
 それから、私は満面の笑みを浮かべて斎藤書店を出た。書店を出たとき、多量の手汗が出ていたことに気付いた。どうやら、私は相当力んでいたようだ。正直、彼女とは一度しか同じクラスになったことがなかったから、今までに彼女と話す機会は決して多くはなかった。しかし、彼女の人柄の良さは遠くからでもよく伝わってくるものがあり、少ない会話の中でもとても好感が持てる人であった。今の会話だけでも私はそのことを思い出した。まだ日は高い。スイカでも買って帰りたい気分であった。
 夏休み八日目朝九時半、私は部室にいた。待ち合わせ時間十分遅れて塚田がやってきた。塚田は部室に入ると、すぐに窓を開け、机の上を片付けた。私はしばらく椅子に座ってその様子を黙ってみていた。すると、塚田はバックからいくつかの資料を取り出した。私はそれらを手に取り、中身を確認した。そして、全てに目を通した後、私は口を開いた。
「なるほど、・・・・これどのくらいかかった?」
「いや、そんなにかかってないけど、三時間くらい」
「あー、申し訳ない」
「何が?」
「昨日、やま高の科学部の人に会っていたんだけど、やま高とうちで合同でやらないかっていう話になってて」
「合同?どゆこと?」
「今、山並と中野山の科学部で合同プロジェクトをやろうとしてるらしいんだけど、たまたま中学の同級生からその話聞いて、ダメもとで打ちと合同でやってくれないかって頼んでみた」
「合同プロジェクトって何やるの?」
「それはまだ聞いてない、どう思うこの話?」
「いいと思う、もしその話通ればいろいろと楽だな」
「まあ、まだ決まったわけではないから何とも言えんが、もしダメだったらどうする?」
「俺はこの竹とんぼの研究とかいいと思うんだけど」
「これか、、たしかに時間もかからないし準備にもあんまお金かかんないな」
「部日は全然使ってないから結構余裕はあるがな、、」
すると、部室の扉があいた。入ってきたのは同級生の工藤涼であった。彼は塚田と私の共通の友人でバスケットボール部に所属している。
「あれ?二人とも何してるの?」
彼は入り口に立ってそういった。
「部活動」(塚田)
「ははは、何で?」
「この活動報告書夏休みまでだからまでに書かないといけないから」(塚田)
「なるほど、何やんの?」
「まだ特に決まってない」(賀谷)
「へー、天体観測とかは?」
彼は興味がなさそうにそう言った。
「時間かかるだろ、準備大変だし、というか何でここ来たの?」(塚田)
「なんとなく」
それから少し間があいて、彼はまたしゃべりだした。
「そういや、二人とも今時間ある?」
「あるよ」(塚田と賀谷)
「今から体育館来ない?」
「何で?」(塚田と賀谷)
「今さっき体育館で練習してたんだけど、体育館の二階からテニスコート見てたらテニスコートで女テニが練習してて、三条さんがいたんだよね」
「ん?それがどうしたの?」
「いや、興味あるかなぁと思ったんだけど」
「どういうこと?」
「いやいや、興味ない?」
「んーーーー、・・・ある」(塚田)
「なくはないかな」(賀谷)
 我々は体育館の二階に移動した。体育館に入るとバレー部やバスケ部の熱気に満ちていた。我々はその横を静かに通りはしごを上った。二階に上がったとき、たしかにテニスコートにいる白いユニホームを着た三条空子の姿が見えた。私には彼女がひときわ目立って見えった。おそらく、この場にいる者は皆そのように見えているのではないか。
「工藤は今さんと一緒のクラスでしょ?」(賀谷)
「うん、でも、あんま話す機会はないな」
「どんな人なの?」(塚田)
「普通に社交的で明るい人だよ」
「まぁ、そんな感じだよな、、他にないの印象は?」(塚田)
「特にない」
「何かあるだろ」(塚田)
「・・・・・、そういえば彼女の家って結構由緒正しい家らしいよ」
「それは知ってる」(賀谷)
「もうない」
そのような会話をしていると、下から声が聞こえた。どうやら、工藤を呼んでいるようだ。振り返るとバレー部の女子がこちらを向いていた。
「工藤、呼ばれてるぞ」(賀谷)
「え?どこ?」
「あれ」(賀谷)
「ああ、すまん、俺行ってくるは」
「じゃあ、また」(塚田と賀谷)
「また」
そう言って工藤は急いではしごを降りた。
 私たちはしばらく体育館の中を眺めて部室に戻った。特にやることもなかったからすぐに解散した。職員室に鍵を戻した後、私は校門を出た。その時、電話がかかってきた。どうやら野宮からのようである。
「もしもし、今大丈夫?」
「うん、」
「昨日の話なんだけど、部長に話したら問題ないって」
「おーー!ありがとう」
「いやいや、それで今時間ある?」
「あるけど」
「今部長がうちの部室にいるんだけど、今からこっちに来れないかっているんだけど」
「ok、今から行く」
「もう受付には話してるから」
「ありがとう」
「じゃあ」
私は初めに塚田に結果を連絡した。そして、バス停まで移動した。バス停に着いてから20分後バスが来た。久々に乗ったバスの中には同級生くらいの学生が6人ほど乗っていた。彼らはおそらく私と目的地が一緒であろう。私はバスの中のアウェイを感じた。
 バスから降りると学校まで坂が延びている。露ヶ丘も坂の上に校舎があるが、山並第一は露ヶ丘の坂よりも長い坂がある。周囲を緑に囲まれた場所であるから、新緑がとても心地よかった。私は制服を着ていたが露ヶ丘と山並第一の夏服はほとんど同じ見た目であったから坂を上っているときにすれ違う学生たちにじろじろと見られることはなかった。校門の前に立つと歴史ある校舎が鎮座している。受付の場所を運動部らしき女子生徒に尋ね、受付の場所まで行った。スリッパを借り、手続きをして科学部の部室の場所を訊いた。受付の場所から部室まで随分と距離があるらしいが、私にとっては校舎を見て回ることができることが嬉しかった。階段を上がると吹奏楽の練習の音が響いている。露ヶ丘でも聴いたような音であるが感じる印象が異なるのはこの雰囲気のある校舎の効果なのだろう。廊下に貼ってある校内新聞などを見るとよりアウェイを感じた。
 科学部の部室の前に来た。当然うちの科学部より広い教室である。私は少々緊張しつつ扉を開けた。部室の中には4人の部員がいた。棚にはトロフィーや賞状などが飾られている。私は4人に軽く挨拶をした。どうやら、部長は今出ているらしい。一年生らしき男子が丁寧に対応してくれた。部長が戻るまで私は彼にいろいろと質問した。どうやら、個々の科学部は総勢18人で三年はすでに引退して今は二年が10人一年が8人いるらしい。普段は5,6人の班に分かれて活動しているとのことだ。そんなことを話していると扉があいた。
「あ!すいません、賀谷さんですよね、お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそ無理を言って申し訳ありませんでした」
「とんでもないです!、こちらもより大きなプロジェクトになってとても嬉しく思ってます。僕はここの科学部で部長をやってる二年の安藤弘敏です」
「僕は露ヶ丘の部長の賀谷宗一郎です」
私は軽くあいさつを交わした後、早速プロジェクトについての説明を受けた。
 初めてプロジェクトの内容を聞いたとき、私は驚いた。そして、同時に奇妙な違和感を覚えた。今日までの数日間、私が感じていた「宇宙人」の気配は日々の生活の退屈と不満を持っていた私の無意識が自ら作り上げていたものではないかと思っていた。しかし、今回の話を聞いたことによりこの考察を考え直さなければないと思った。プロジェクトの内容とは流星群で反射する電波をキャッチするというものだった。ただ、部長にはもう一つの野望があるらしく私はその野望に気になるところがあった。地球外知的生命体探査、通称SETIとは地球外知的生命体による宇宙文明を発見するプロジェクトの総称である。この部長はプロジェクトの中でSETIを行おうとしていたのである。「宇宙人」を探すことの意義はさまざまにあると思う。しかし、最も素直なものといえば好奇心ではないだろうか。数か月前の私がこのプロジェクトについて聞いたとしても特に何かを考えることはなかっただろう。この部長の素直な好奇心から行われるものであると考えると思うからである。しかし、同じ時期に私の周囲の複数人の人間が突発的に「宇宙」に対して関心を持っていたという文脈においては[何か]を考えざるを得ない。もちろん、単なる偶然であるとも考えられることではあるが、私の意識の底にかすかに感じる奇妙な感覚がそれを否定する材料となった。かといってこれがどのような意味を持つのかについて私にはその時点で分かるものではなかった。
 部長からプロジェクトの大まかな概要を聞いた後、私はしばらく部長と話した。どうやら、この合同プロジェクトは彼が言い出したことではないらしい。プロジェクトの内容は二人の部長によって決定したそうだが、合同プロジェクトという提案自体は山並第一高校の科学部顧問である宇野先生という人が言い出したことにあるという。この学校の科学部も私たちの学校の科学部も普段顧問はほとんど部活動に現れない。しかし、今回は何故か活動内容に口を出したそうだ。理由を聞くと宇野という先生は定年が近く最後に大きなことがしたかったのではないかという。しかし、これはあくまで部員たちの仮説であり実際のことはわからないそうだ。この話もまた奇妙であると思った。
 短い時間であったが私は彼とずいぶん近づけたように感じる。この様子では楽しくなりそうな予感がする。次回は二日後にこの学校に三校の全員が集まる。そこでプロジェクトの詳しい説明とそれぞれの担当を決定するそうだ。突然夏休みの予定が埋まったことに戸惑う暇もなく私はこの体験に心が沸いていた。
 学校から延びる坂を下りているとき、私は塚田に事の概要を連絡した。


 




 
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